『大日本史料』 8編 8 文明7年正月~同8年6月 p.198

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なく〳〵武藏の品川といへる津にいたり侍り、, みたれしきりに成て、たかひに弓矢なくゐのみのかまひすし、さなから刀, 松杉ならひたちて斜陽をかくし、千丈の青巖枕のもとまて欹て、をのつか, ら苔の莚をかたしけり、緑竹清らかに生めくり、煙葉朦籠として、暮鳥の語, らひかすかなり、子猷、樂天か園、王質、貴長か入し仙家もかくやとあやまた, 立寄侍るに、心ことはも及はす、乾坤の外の堺地、誠に山を愛し水をたのし, 山劒樹のもとゝなり、旅のうれへもます〳〵みをきることくなれは、今は, 便をうしなひ、たのまぬ磯に藻鹽の草の庵をむすひ、みなれぬあまに浪の, 枕をかはす假ねの夢の中に、五とせまてたゝよひ侍るに、あまさへ吾妻の, 相模のおく大山の麓に、星霜年久しき苔の室あり、かゝる所こそと、假初に, ふ、仁者智者も心をとゝめ侍るへき事也、面には孤峯族々として、やせたる, いかなる岩のはさま、苔の莚にも、しはしの心をのへはやと尋入侍る程に、, も見侍て、やかて歸路の事なと思立しに、世のなかのみたれいよ〳〵の事, にて、今は筑紫のはて、吾妻のおくまてもさはかしくなり侍れは、ひたすら, れ、老樂のうれへをのはへ、羇中のやまふをいやす計也、本堂苔にふり、臺か, 名ところと, ○以上應仁二, 年ノ條ニ收ム, 關東ノ爭, ニ滯留ス, 五年關東, 相模大山, ノ麗ニ住, 亂, ニ到ル, 武藏品川, 文明七年四月十二日, 一九八

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  • ○以上應仁二
  • 年ノ條ニ收ム

頭注

  • 關東ノ爭
  • ニ滯留ス
  • 五年關東
  • 相模大山
  • ノ麗ニ住
  • ニ到ル
  • 武藏品川

  • 文明七年四月十二日

ノンブル

  • 一九八

注記 (28)

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