『大日本史料』 8編 16 文明16年正月~同17年正月 p.140

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今ノ稻荷大明神是也、, 寺鎭守也、頼親公御勸請所祭、垂跡山州紀伊郡稲荷神社、同體原田馬草野、, 御先祖頼親公御草創、傳記別書有リ、同年原田稻荷神社御再興、傳云、正持, 重朝ニ抗スルコト、本年四月十六日ノ條ニ見ユ、, を獲た, 命にも易へ難きほとの物を、海に投して助かるへしと云ふにより、其の系, 譜を海中に投して、僅に恙無き事をえたり、後寛正六年三月九日、八代へ歸, 上を渡る時、颶に遇ひて、船殆覆らむとす、水手是に教へて、斯る難船にき、身, ○爲續、顯忠ヲ攻ムルコト、十五年是歳ノ條ニ、宇土爲光ニ結ビテ、菊池, り、十四五人許して擔ふ可し、希代の大魚なれはとて、是を顯忠に獻す、顯忠, 即て此の魚を割しむるに、彼の長門の海にて失ひし系譜一卷、腹中に在り, りて、第七日に當り、領地植柳浦の漁大石首魚, て、聊も損へる事無かりしとそ、, 〔名和氏紀事〕此の。系譜長年より八世顯忠、一旦八代城を沒落し、長門の海, 〔參考〕, 文明十六年三月七日, 此の魚の圖説、伴氏の, 比古婆衣に見えたり, 今八代郡鞍掛山の麓に祠を建て、此の石首, 魚を祀れり、故に彼の地を〓谷と云ひ、又〓, 云ふ, 塚とも, 和系譜ヲ, 海中ニ投, ニ藏ス, ニ依リ名, 大石首魚, 顯忠難船, 系譜ヲ腹, ズ, 一四〇

割注

  • 此の魚の圖説、伴氏の
  • 比古婆衣に見えたり
  • 今八代郡鞍掛山の麓に祠を建て、此の石首
  • 魚を祀れり、故に彼の地を〓谷と云ひ、又〓
  • 云ふ
  • 塚とも

頭注

  • 和系譜ヲ
  • 海中ニ投
  • ニ藏ス
  • ニ依リ名
  • 大石首魚
  • 顯忠難船
  • 系譜ヲ腹

図版

  • 一四〇

注記 (31)

  • 1610,707,57,633今ノ稻荷大明神是也、
  • 1724,706,68,2134寺鎭守也、頼親公御勸請所祭、垂跡山州紀伊郡稲荷神社、同體原田馬草野、
  • 1840,707,66,2123御先祖頼親公御草創、傳記別書有リ、同年原田稻荷神社御再興、傳云、正持
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