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路より來る鴈は、先此宮へ渡りて、初て鳴とかや、古歌にも、田面の鴈と詠, し〓る是成へし、乾に當て日川大明神と申神社は、在原業平の廟也と云, ゝ天神と申候、い〓の世ゟ御垂跡や有はん、靈驗いかなる故やらん、御神, は知らされ共、扇は風を靡し、炎蒸を去なもは、いか樣此城ゟ敵陣を散す, 人有、在原中將は、川越へ來り給ひし事疑なし、爰にて死去とはみえす、又, て、武州川越の南仙波の城を、今の川越三好野え移し、要害の繩張畢而、御, 事、風の草木を吹か〓しと皆賀し申らる、則此宮は追手の門外にて、途に, 徳は銅骨五本骨の扇奉納也、御寶前の莊嚴にも、皆扇を畫たり、神祕の事, 當國足立乃大宮氷川大明神、大王子の宮は業平にて無之、神名帳并日本, 並木の榎五六町に及〓り、是も北野の右近の馬場を摸したる成へし、越, 此城一度大に盛賑ふへま名地と被申けると云々、管領記と有之、, 建立有、北の方には、此城鎭守三好大政感徳天神宮居在ます、是を三吉野, 一長祿元年、管領廣成院殿十四歳にておはしましけるか、太田入道に命し, 和尚此城を見て、古詩を引て點を改め、是を褒たる詩、, 窓含西嶺千秋雪、門繋東呉萬里松、, 文明十八年七月二十六日, テ仙波城, ヲ三芳野, 上杉持朝, 道灌ヲシ, ニ移サシ, 水川大明, ムトノ説, 神, 七六七
頭注
- テ仙波城
- ヲ三芳野
- 上杉持朝
- 道灌ヲシ
- ニ移サシ
- 水川大明
- ムトノ説
- 神
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- 七六七
注記 (25)
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