『大日本史料』 8編 34 延徳2年正月 p.452

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者ありて、其名譽たるによりて、東山殿御感有て御鷹野の歸るさに道貞の庵へ御尋, 一路次に飛石することの始を云に、東山殿の御時、洛外の千本に道貞といふ佗すきの, 石を置せると也、かのものゝ路次に植し桂を取て、其後より道貞桂と人名付しと也、, 數寄の初よりいづれの世に起るといふ事をしらず、道しれる人々に尋れどもさだか, 有し時、御脚わらんづなりければ、童明に雜用を敷せて御通り有しを學びて、其後, 御事也、將軍の時は義政公と申奉り、位を御子にゆづり給ひて、東山に隱居し給ひ, 拙、扨、東山殿薨去ノ後モ代々ノ公方様御茶湯アリ、御同朋衆藝阿彌・相阿彌先師學, 御物好たくみにして、天下の名物多くあつまれるよし也、つくもがみと云茄子の茶, て、年久御慰にて樂しみ給ふと見えたり、珠光も此時の人とみえし、文明年中にあ, ならず、おもんみるに、凡東山殿より起ると見えたり、東山殿といふは慈照院殿の, たれり、一休和尚・東の野州、此年號にあまたの名人出世ある時といふ也、東山殿, 入も此公の御物也、御掛物あまた御用意有て、七百幅有と傳へたり、能・藝・相一一, 人の童明、懸、物の外題今にあり、〓, フ、其後御物天下ニ散在、之今不絶シテ、茶湯道繁昌也、〓, 〔長闇堂記〕, 略, ○下, 延徳二年正月七日, 四五二

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  • ○下

  • 延徳二年正月七日

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  • 四五二

注記 (19)

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