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を學ひて、しきりに其説をうたかふ、〓にして、朱子の四書を見る、快然と, を發し帝都に歸り、ます〳〵諸子の傳記を見て、〓に儒學の大意をらと, 學を以て外典とし、孔子を以て小賢とする事久し、桂菴、妙壽院の類、猶舊, 見て、朱子の學に本つきて、忽明の儒法に趣く九州に至る、不幸にして病, へく後、朝に歸く儒を弘ん事を思ふ、然とも今朝に歸く儒を弘むへから, す、貴久獨儒をつたふへし、我是を去く又何國にか行んやと、終に薩州に, 以て交る、桂庵謂て曰く、我大明に入とき、只儒を傳へん事を思ふ、儒を傳, 染の汚れを不去、勤勞の間に憂死し終る、故に其學世につとふる事を不, 皇の御宇にはしまり、南家江家其名を蒙なといへとも、皆漢儒の説に迷, る所也、按るに、本朝道を聞事壱ゝ百有餘年、中國道を學ふ事五十餘年、儒, ひ、唐賢の學に落入、詞章記誦の外、心に得る所なし、近代東福寺の桂庵是, 歛夫多年儒書を學て、古注の本經に不合ことを知る、後新注の大全等を, とゝまる、戰國の間政教分離す、ゆへに其學帝都に聞る事遲し、妙壽院藤, して心に合事有、つひに大明に入く、儒を傳へて歸る、先薩州に至る、島津, 貴久もとより學に志あり、禮を卑し幣を厚しく、桂庵を招き、師弟の義を, 永正五年六月十五日, 記誦ニト, 我邦ノ學, 者皆詞章, ニ留マル, 玄樹之ヲ, 玄樹薩摩, ヾマル, 玄樹肅ノ, 疑フ, 學傳ハラ, ズトノ説, 永正五年六月十五日, 六七
頭注
- 記誦ニト
- 我邦ノ學
- 者皆詞章
- ニ留マル
- 玄樹之ヲ
- 玄樹薩摩
- ヾマル
- 玄樹肅ノ
- 疑フ
- 學傳ハラ
- ズトノ説
柱
- 永正五年六月十五日
ノンブル
- 六七
注記 (29)
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