『維新史』 維新史 1 p.100

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の創始したものである。彼は萩原兼從に就いて唯一神道を學び、別に朱子學の, 人であつたのである。, これであり、説の當否は別として、江戸時代に於ける新神道は、惟足・延佳二人に依, の神器は智仁勇の三徳を現したもので、神道と孔子の道とは同一轍なりと云ひ, つて創始せられたと云ふべく、垂加神道創立者の山崎闇齋は、實に此の二人の門, 儒者で神道を説いた者も亦頗る多く、神儒一致の傾向は愈〻濃厚となつてゐる。, 又「神宮祕傳問答」に於いて、五行説を以て諾冉二神所生の五神を説明した如きは, 而してその先驅を林羅山とすべく、「本朝神社考「神社考詳説」等を著し、, 得、其の推擧によつて幕府の神道方を勤め、子孫代々之を繼承した。又伊勢外宮, の祠官で、豐宮崎文庫を創設した度會延佳, 思想を加味した一派を興して、紀伊藩主徳川頼宣・會津藩主保科正之等の信任を, 除し、代ふるに宋儒の性理説を以て解釋を試みた。例へば「陽復記」に於いて、三種, 惟足・延佳の神道は、神道學者が儒學の思想を取り入れた例であるが、他方には, は、度會神道より佛教的色彩を排, 夫本朝者神國也。神武帝繼天建極已來、相續相承、皇緒不絶、王道惟弘、是我天神, 出口, 氏, 神儒一致, 林羅山の, 説, 第一編尊王論の發達, 一〇〇

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  • 出口

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  • 神儒一致
  • 林羅山の

  • 第一編尊王論の發達

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  • 一〇〇

注記 (22)

  • 1697,588,68,2264の創始したものである。彼は萩原兼從に就いて唯一神道を學び、別に朱子學の
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  • 1145,588,66,2272の神器は智仁勇の三徳を現したもので、神道と孔子の道とは同一轍なりと云ひ
  • 796,585,64,2269つて創始せられたと云ふべく、垂加神道創立者の山崎闇齋は、實に此の二人の門
  • 446,579,66,2222儒者で神道を説いた者も亦頗る多く、神儒一致の傾向は愈〻濃厚となつてゐる。
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