Loading…
要素
割注ノンブル
OCR テキスト
たものと云はざるを得ないのである。, 尊王思想の一大炬火たるかの觀を爲すに至つたのは、最も注意すべきことであ, とて、水戸の光圀の好學は義直の啓發與つて大なりとしてゐるが、果して然らば、, 御家の儒臣語しと、堀正意物語之由、君山, つた。「敬公遺事附録」に、, 義直は啻に尾張藩尊王の開祖たるに止まらず、廣く天下に其の嚮ふ所を宣示し, 義直は慶安三年五月七日五十一歳で薨じ、敬公と諡された。第二代光友, 亦學を好んで儒學を林鳳岡父子に學び、又神道・國學を名古屋東照宮祠官吉見幸, 於いて、神道を以て天皇の道、祭政一致の道であると論じ、國體の本義を明確に説, 和に就いて修めた。幸和は曾て山崎闇齋に學ぶ所があり、其の著「神學初會記」に, 磯谷正卿曰、水戸義公深く御學問に志し給ふ事は、敬公の御世話にて有し由、彼, いて、當時出色の士を以て知られた者であつたが、斯かる思想は當然吉通に注入, 第三代綱誠, 〓襲封した。斯の人も, を經て、元祿十二年七月、第四代吉通, せられ、尊王思想を少からず培養してゐる。其の最も代表的なのは、「圓覺院樣御, に承りしよし也。, ○松, 圓覺院, 瑞龍院, 正公、, 立公、, 誠公、, 泰心院, 平, 第一編尊王論の發達, 一六四
割注
- ○松
- 圓覺院
- 瑞龍院
- 正公、
- 立公、
- 誠公、
- 泰心院
- 平
柱
- 第一編尊王論の發達
ノンブル
- 一六四
注記 (27)
- 1039,584,54,1067たものと云はざるを得ないのである。
- 1710,580,58,2264尊王思想の一大炬火たるかの觀を爲すに至つたのは、最も注意すべきことであ
- 1256,584,59,2275とて、水戸の光圀の好學は義直の啓發與つて大なりとしてゐるが、果して然らば、
- 1374,650,56,1122御家の儒臣語しと、堀正意物語之由、君山
- 1599,589,56,655つた。「敬公遺事附録」に、
- 1145,576,59,2272義直は啻に尾張藩尊王の開祖たるに止まらず、廣く天下に其の嚮ふ所を宣示し
- 917,645,62,2063義直は慶安三年五月七日五十一歳で薨じ、敬公と諡された。第二代光友
- 685,580,62,2274亦學を好んで儒學を林鳳岡父子に學び、又神道・國學を名古屋東照宮祠官吉見幸
- 456,579,62,2272於いて、神道を以て天皇の道、祭政一致の道であると論じ、國體の本義を明確に説
- 573,583,63,2264和に就いて修めた。幸和は曾て山崎闇齋に學ぶ所があり、其の著「神學初會記」に
- 1484,649,60,2198磯谷正卿曰、水戸義公深く御學問に志し給ふ事は、敬公の御世話にて有し由、彼
- 340,590,61,2262いて、當時出色の士を以て知られた者であつたが、斯かる思想は當然吉通に注入
- 808,580,55,318第三代綱誠
- 800,2215,56,635〓襲封した。斯の人も
- 805,1055,58,990を經て、元祿十二年七月、第四代吉通
- 217,590,67,2259せられ、尊王思想を少からず培養してゐる。其の最も代表的なのは、「圓覺院樣御
- 1378,1939,49,461に承りしよし也。
- 1404,1815,40,76○松
- 789,2056,41,131圓覺院
- 903,2726,42,131瑞龍院
- 949,2729,40,95正公、
- 837,2059,39,104立公、
- 834,914,44,95誠公、
- 789,912,41,126泰心院
- 1361,1813,36,35平
- 1828,717,47,521第一編尊王論の發達
- 1830,2366,39,104一六四







