『大日本史料』 9編 2 永正6年10月-永正7年12月 p.175

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一日めを煩ひて逗留、, はきてかつ春をまちとれ梅の花, 明寺の中慈恩院にして、, 梅に春〓ゝ蘆垣のちかさかな, かけゝきのあたとる橋かあまつ霜, 客若花兄弟、, り、諸西隼人佐宿所一宿して、鎌倉ちかきあたり齋藤新左衞門光吉宿所に, 五日、天源庵に告ちよりて侍りし、修理の〓申あはさなとするほとに、淨光, 門まて汐干しほみち有て、あしかきめくり、梅けけるをま計なるへし、今月, 此軒號によそへて侍る計也、品川に兩日あしをや方め、きつきといふ里あ, 臘八建長寺永明軒にして和漢一折あり、, 當寺天津橋なとの〓よを計なるへし、, 其日明月院參拜の次漢和あり、その席、, 風やけを杖にとをゝの松の雪, 對雪水仙王、, 對雪水仙王、永明, 永明, 明軒, 齋藤光吉, 品川ニ歸, 建長寺永, 明月院, 眼疾, 永正六年是歳, 一七五

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  • 明軒
  • 齋藤光吉
  • 品川ニ歸
  • 建長寺永
  • 明月院
  • 眼疾

  • 永正六年是歳

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  • 一七五

注記 (25)

  • 1555,676,57,612一日めを煩ひて逗留、
  • 1902,730,57,988はきてかつ春をまちとれ梅の花
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