『大日本史料』 9編 7 永正14年7月-永正15年5月 p.267

Loading…

要素

割注頭注ノンブル

OCR テキスト

任し給ふ、, きなり、, とあり、歴名土代も同し、, 明應四正五從四上, 一字を贈られたりといへり、, ゝりしかは、内宮より、さた〳〵山田へ子細を申すといへとも、うけひかす、, たし、さこき材きキと讀むにきあらし、余北畠物語の古本を見るに、材親, このろた、名字の訓かくの〓きものまゝあり、されは義材もヨシタヾと, 關を居へおきて、諸國よりまうで來れる道者をは、固く制して、内宮へ通さ, 此年十二月十九日、國司乃軍勢山田へ發向す、其故き、先年山田より岡本に, 按するに、世人多く義材をきヨシキとよめと、材親をきキチカとよみか, よめるにや、因て思ふに、義材始す義尹といへり、是字かはつて訓き同し, の傍訓タヾチカとあり、材をタヾとよめる〓、其義き詳なら〓とも、中昔, 長享三七八從五上, 文明八年十二月廿六日、九歳にて敍爵し、同十八年四月十日、右近衞少將に, 同日右少將、正五下o○從四下、〇○右中將、, 按するに、諸家補任にき、文明八十二廿六敍位、九才、同十八四十侍從、, 永正十四年十二月十三日, 時材親, 寛永, 于時, 具方、, 系譜, 補任、, 廿八, 公卿, 廿二才、于, 才, 神人ノ爭, 内外兩宮, ヲ調停ス, 永正十四年十二月十三日, 二六七

割注

  • 時材親
  • 寛永
  • 于時
  • 具方、
  • 系譜
  • 補任、
  • 廿八
  • 公卿
  • 廿二才、于

頭注

  • 神人ノ爭
  • 内外兩宮
  • ヲ調停ス

  • 永正十四年十二月十三日

ノンブル

  • 二六七

注記 (33)

  • 879,685,58,276任し給ふ、
  • 1116,758,49,204きなり、
  • 545,1466,60,713とあり、歴名土代も同し、
  • 536,762,57,539明應四正五從四上
  • 1791,701,65,823一字を贈られたりといへり、
  • 192,696,66,2188ゝりしかは、内宮より、さた〳〵山田へ子細を申すといへとも、うけひかす、
  • 1566,758,67,2112たし、さこき材きキと讀むにきあらし、余北畠物語の古本を見るに、材親
  • 1340,760,66,2105このろた、名字の訓かくの〓きものまゝあり、されは義材もヨシタヾと
  • 302,689,70,2183關を居へおきて、諸國よりまうで來れる道者をは、固く制して、内宮へ通さ
  • 418,689,71,2182此年十二月十九日、國司乃軍勢山田へ發向す、其故き、先年山田より岡本に
  • 1678,754,70,2112按するに、世人多く義材をきヨシキとよめと、材親をきキチカとよみか
  • 1227,756,67,2113よめるにや、因て思ふに、義材始す義尹といへり、是字かはつて訓き同し
  • 1449,759,70,2113の傍訓タヾチカとあり、材をタヾとよめる〓、其義き詳なら〓とも、中昔
  • 646,757,63,554長享三七八從五上
  • 996,683,72,2183文明八年十二月廿六日、九歳にて敍爵し、同十八年四月十日、右近衞少將に
  • 661,1613,60,1274同日右少將、正五下o○從四下、〇○右中將、
  • 763,750,85,1988按するに、諸家補任にき、文明八十二廿六敍位、九才、同十八四十侍從、
  • 112,749,45,472永正十四年十二月十三日
  • 642,1331,42,188時材親
  • 1828,1533,42,124寛永
  • 809,2753,41,115于時
  • 762,2754,43,125具方、
  • 1785,1541,42,118系譜
  • 867,977,43,118補任、
  • 571,1332,39,107廿八
  • 912,977,41,112公卿
  • 685,1326,44,252廿二才、于
  • 527,1333,40,41
  • 413,334,40,170神人ノ爭
  • 458,333,40,170内外兩宮
  • 370,337,40,158ヲ調停ス
  • 112,749,45,472永正十四年十二月十三日
  • 127,2475,45,120二六七

類似アイテム