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彼はその子が後を嗣ぎたる時の宮殿たらしめんと考へ、この城を美しく, ども、深さは第一に同じ、この壯大なる建築は、太閤樣の爲したる事業なり、, に大膽なる人と雖も、その上より見下したる時は、身慄ひすべし、第一の濠, は、深さ三十三呎、幅三百九十呎あり、第二の濠は、幅二百五十呎に過ぎざれ, の町を去ること一里なる甚だ高き山の上にあり、町は美しきのみならず、, 以上の大きさあり、城壁は高くして、如何, 三萬エキユ以上の財産を有す、城は非常に美しき石材を以て建てられ、そ, 頗る富裕にして非常に多數の商人住居し、その中の最も小なる者と雖も、, の邊は、むらしは石田治部少輔屋鋪跡にて、石を以て疊し井戸あり、, の石は各一ブラス, 御城内より昔の瓦土中より掘出す事あり、菊瓦と云、小口に菊の形あり、又, 埋メたる故、土を上れは今にても惣堀となるよし、又在役の御弓奉行屋敷, 雨たき落抔に鐵炮玉出る、むかし打たる玉なるへし、, は、大坂に到著するや、翌日城代及び市長に進物を獻上したり、城は大坂, 使節, 〔モンタヌス東印度會社遣日使節見聞録〕(歐文材料第四號譯文), 一尋ニ當ル, ○年五月初旬、(慶安三年四月)都ヨリ大坂ヲ經テ、長崎ニ向へルモノ, ○一ぶらす, ○ふりしらす及ビぶろーくほるすとニシテ、江戸ヨリノ歸途一六五, 屋敷趾, ヲ以テ疊, 城ハ美麗, 石田三也, 菊瓦, ナル石材, 第一濠, 第二濠, 天正十一年八月二十八日, 一七
割注
- 一尋ニ當ル
- ○年五月初旬、(慶安三年四月)都ヨリ大坂ヲ經テ、長崎ニ向へルモノ
- ○一ぶらす
- ○ふりしらす及ビぶろーくほるすとニシテ、江戸ヨリノ歸途一六五
頭注
- 屋敷趾
- ヲ以テ疊
- 城ハ美麗
- 石田三也
- 菊瓦
- ナル石材
- 第一濠
- 第二濠
柱
- 天正十一年八月二十八日
ノンブル
- 一七
注記 (30)
- 292,625,63,2198彼はその子が後を嗣ぎたる時の宮殿たらしめんと考へ、この城を美しく
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