『大日本史料』 9編 11 永正17年4月-永正17年雑載 p.178

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〔安得虎子〕, 岩城の羽翼志賀備中・白土淡路兩人名を惜み、きつと目くはせして引返し、暫く猛勢を, 捨、中川を渡し、山崎より五町東方繩釣原に屯せり、時に資房二百餘騎、一矢をも射す, りける、籏下の事なれは、宇都宮より長山信濃守二百騎にて加勢す、岩城も山田の城を, 眞驀に駈入、〓りに突立けれは、敵怺へす後の川岸へ颯と退くを、追懸々々討取けり、, 得たり、今度鐵炮といふもの有り、岩城陣中に響き天地を動しけり、, モ河渡ノ澤ニ埋ミ、此澤須釜澤ト云、, 取卷攻けれは、資房後詰として、永正十七年庚辰八月十三日烏山を出馬して、山崎之懸, ふせきけるか、押へたてられ、所々にて討死す、佐竹浪人石澤五郎十七歳、志賀か首を, 渡ノ澤ニテ金丸ノ爲メ討ル、佐貫ノ死骸ハ塚ニ築、佐貫塚ト名付テ今ニアリ、須釜カ〓, 〔那須譜見聞録〕, 爰に岩城次郎守隆千餘騎にて、資房の子壹岐守政資か居城山田を, 岩城常隆攻那須山田之城、城郭堅固、敵引退、亦出張、於繩釣原及合戰、味方大得, 續武家閑談ニ、此戰ヲ記〓、今度初テ銕炮岩城カ陣中ニヒヽキ、, 天地ヲ動シケリトアリ、白川邊銕炮ノ傳ハリシハコノ頃ナルカ、, 那須記, 那須系圖, 下略, ○上, 三, 理大夫, 太郎、修, 三, 永正十七年八月十三日, 一七八

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  • 續武家閑談ニ、此戰ヲ記〓、今度初テ銕炮岩城カ陣中ニヒヽキ、
  • 天地ヲ動シケリトアリ、白川邊銕炮ノ傳ハリシハコノ頃ナルカ、
  • 那須記
  • 那須系圖
  • 下略
  • ○上
  • 理大夫
  • 太郎、修

  • 永正十七年八月十三日

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  • 一七八

注記 (25)

  • 1545,589,78,339〔安得虎子〕
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