『大日本史料』 10編 1 永禄11年8月~同12年2月 p.603

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語に精通せる者なり、其後之を兒童に教へ始めしが、未だ二ケ月を經ざる, に、〓に之を覺え、商船の出帆前には修了すべしと思はる、是我等の主を稱, を迎へん爲め、直に一艘の船を出したり、我等の主は、彼等の聖願を容れ、四, レ・ガスパル・ヴィレラ來らば、同地に赴くべしと云へり、彼等は、此返答を得、, 當地方に派遣せらるゝことを、彼等に其携へ來りし書翰に依りて知れり、, パードレ・ガスパル・ヴィレラが、五十レグワの五島に在りしを聞き、急に彼, 讚すべきことなり、彼等は、甚だ年少にして、多數は八歳を超えず、親に仕へ, を増さしめ、然も絶望せしめざらん爲め、目下遣はすべき者無きが、パード, 手の増加せしことを非常に喜び、又エチオピヤの教長が、法王の命に依り、, 青年は、本年僧院に收容したる者にして、大に學問あり、此國の宗教及び言, 後、商船支那より到著し、同船にてパードレ・アレッ, 旬節の初め、パードレを安全に伴ひ來らしめ給へり、口の津に於て得たる, 本年來りし教義の書は、パードレ一青年の助を借りて、日本語に譯せり、此, サンドロ・バラレッジョ渡來せり、我等は、此地方に於て、最も必要なる働き, 祭, 收穫に付きては、彼より通信すべしと信ずるが故に、之を述べず、聖靈降臨, ○六月六日、永祿十年, 五月十一日二當ル、, じよ支那, ヨリ來ル, 來ル, ばられつ, 〓いれら, なヲ日本, どうとり, 語ニ譯ス, 永祿十一年是歳, 六〇三

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  • ○六月六日、永祿十年
  • 五月十一日二當ル、

頭注

  • じよ支那
  • ヨリ來ル
  • 來ル
  • ばられつ
  • 〓いれら
  • なヲ日本
  • どうとり
  • 語ニ譯ス

  • 永祿十一年是歳

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  • 六〇三

注記 (28)

  • 519,708,66,2192語に精通せる者なり、其後之を兒童に教へ始めしが、未だ二ケ月を經ざる
  • 406,708,65,2198に、〓に之を覺え、商船の出帆前には修了すべしと思はる、是我等の主を稱
  • 1564,724,69,2194を迎へん爲め、直に一艘の船を出したり、我等の主は、彼等の聖願を容れ、四
  • 1793,737,71,2196レ・ガスパル・ヴィレラ來らば、同地に赴くべしと云へり、彼等は、此返答を得、
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