『大日本史料』 10編 2 永禄12年3月~同年6月 p.177

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在りき、, の外無しとするも、之を持續する爲め、バードレ一人は、一生當地に留まる, するか等を尋ね、此重要ならざる前置の後、若しデウスの教此國に弘布せ, ざる時は、印度に歸るべきかと尋ねたれば、予は假令キリシタンが、唯一人, スコ一つ及び蝋燭數本を贈りたり、彼は約一時間半又は二時間、予と共に, せるか、毎年基督教國より書翰を得るか、途中の距離、日本に滯在せんと欲, 予は遠方より敬禮をなせしが、約六七千人附近に在り、彼は予を甚だ近く, 彼は、先づ予は何歳なるか、ポルトガル及び印度より日本に來りて何年な, るか、何年間學びしか、予が兩親は、ポルトガルに於て、予を見ることを期待, 馬の士二三十人を率ゐて、上の都より當院に來り、凖備を整へ、彼と同行し, に加はりたり、王は其時工事場に在り、堀の橋の上にて、予を待受けゐたり、, 招き、日光を避くる爲め、頭を被はしめたり、予はコンフエイトス入のフラ, に乘り、彼は徒歩にて引還し、同所に到り、佐久間殿も亦之, て、信長を訪問すべしと言ひ、予は彼等のノリモノと稱するバランキン〓, しが、信長は彼を愛するが故に、予を引見すべしと言ひたれば、和田殿は、騎, 度地方ニ行ハル, ・〓輿ノ名稱、, 金米糖入, 信長ふろ, 硝子罎等, 贈ル, ヲ信長ニ, いすト語, ふろいす, 永祿十二年四月八日, 一七七

割注

  • 度地方ニ行ハル
  • ・〓輿ノ名稱、

頭注

  • 金米糖入
  • 信長ふろ
  • 硝子罎等
  • 贈ル
  • ヲ信長ニ
  • いすト語
  • ふろいす

  • 永祿十二年四月八日

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  • 一七七

注記 (26)

  • 1003,680,50,211在りき、
  • 299,679,60,2189の外無しとするも、之を持續する爲め、バードレ一人は、一生當地に留まる
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  • 415,679,59,2194ざる時は、印度に歸るべきかと尋ねたれば、予は假令キリシタンが、唯一人
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  • 644,685,61,2193せるか、毎年基督教國より書翰を得るか、途中の距離、日本に滯在せんと欲
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