『大日本史料』 10編 2 永禄12年3月~同年6月 p.214

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受くるに勝りたる處置なしと決定し、又ロレンソは、十五乃至二十レグワ, 前に案内すべき大身宛の紹介状を請ふこととなせり、而して同夜の少し, の一城に在りし和田殿の許に、日乘上人の返書を携へ行き、又予を信長の, 彼等に委ぬと述べたり、事は急を要し、又彼等一同に關係せしが故に、最も, し、比叡山の大學の麓に在る坂本と稱する大なる町に於て、ロレンソを待, 多く伴ひしならんと信ず、彼等は、終に予が夜半後四時、近江國に向け出發, 等の主に祈りたり、蓋し此地方には、パードレも、イルマンも、嘗て赴きたる, 書き終る爲に用ひたり、早天キリシタン等數人、予を待受けて訣別し、甚だ, ことなく、又予を援助すべきキリシタン一人も無かりしが故なり、當地方, が行ふべき事を決せんことなり、予は全然之に從ひて行ふべく、予は己を, 適當なる處置に付、種々の議論あり、協議は夜半を過ぎしが、討論の外、〓も, しく流涕し、手を擧げて、予が彼等の幸福の爲め、就ける此旅程の成功を我, に於て、最も堅實なるキリシタンなるリウサは、其一子と共に、坂本まで見, く殘りたる時間は、旅行の準備をなし、又尊師に送りたる長き書翰を急ぎ, 送りたり、彼は、予が前囘都より追はれし時、最も助力し、三箇まで、予を見送, 乘ノ書状, 惟政ニ日, 越水城ノ, ろれんそ, 小西隆佐, 坂本マデ, ヲ傳達ス, ふろいす, ヲ見送ル, 永祿十二年四月八日, 二一四

頭注

  • 乘ノ書状
  • 惟政ニ日
  • 越水城ノ
  • ろれんそ
  • 小西隆佐
  • 坂本マデ
  • ヲ傳達ス
  • ふろいす
  • ヲ見送ル

  • 永祿十二年四月八日

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  • 二一四

注記 (26)

  • 1206,660,60,2198受くるに勝りたる處置なしと決定し、又ロレンソは、十五乃至二十レグワ
  • 976,664,60,2200前に案内すべき大身宛の紹介状を請ふこととなせり、而して同夜の少し
  • 1090,668,60,2193の一城に在りし和田殿の許に、日乘上人の返書を携へ行き、又予を信長の
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  • 1320,666,60,2200し、比叡山の大學の麓に在る坂本と稱する大なる町に於て、ロレンソを待
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