『大日本史料』 10編 2 永禄12年3月~同年6月 p.217

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到著せざりしが故に、王の前にて、我等に庇護を與ふべき知人一人もなく、, 宛られたる大身は、尾張國に赴き居り、佐久間殿及び柴田殿は、未だ都より, 翌朝之と語らん爲め、其邸に赴きたり、予は先づ王の軍隊の總隊長たる佐, 或は食し、或は賣買し、或は荷造し、或は荷を解く者、晝夜絶ゆることなかり, き、我等は他に靜なる室なきを以て、皆二階に居りたり、我等携帶の書状の, 久間殿を訪問せしが、彼は予を厚遇し、予が到著の事を、當日直に王に傳ふ, 布、其他の商品を馬に附けて來集し、家は雜沓して何も聞えず、或は賭博し、, り、信長之を除くことを命じたるなり、, 二日間同地にて待ちしが、終に右の二人の領主、都より到著したれば、予は, に就きしが、其出入の騷しきこと、バビロンの混雜に等しく、各國の商人、鹽、, の國を過ぎて、美濃の國に入りしが、大部分は平地にして、山少く、樹木繋茂, 我等は、岐阜の町に著きたり、人口約一萬なるべし、和田殿の指定したる宿, し、大なる川あり、舟にて之を渡る、途中石の偶像の頭なきもの多數を見た, アフヅマと云ふ所に著きて旅宿に就き、翌日陸行の準備をなしたり、近江, なりしを以て、翌日アベマリヤの時刻前に、坂本より十三レグワの地、名を, 秀吉尾張, 渡ル, 旅館ノ雜, 岐阜ニ著, 陸, 長良川ヲ, 沓, 佐久間信, 盛ヲ訪フ, ふろいす, ニアリ, 朝妻ニ上, 永祿十二年四月八日, 二一七

頭注

  • 秀吉尾張
  • 渡ル
  • 旅館ノ雜
  • 岐阜ニ著
  • 長良川ヲ
  • 佐久間信
  • 盛ヲ訪フ
  • ふろいす
  • ニアリ
  • 朝妻ニ上

  • 永祿十二年四月八日

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  • 二一七

注記 (29)

  • 656,675,71,2216到著せざりしが故に、王の前にて、我等に庇護を與ふべき知人一人もなく、
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