『大日本史料』 10編 2 永禄12年3月~同年6月 p.262

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物の運搬を助けたり、, 於て、交際を結びし故に、此別離は限なき悲なりしなり、, 日及び翌晩堺のキリシタン等の懺悔を聽き、彼等に神聖なる聖餐禮を與, で來り、流涕歐〓して別を告げたり、永き年月の間、彼等は彼とキリストに, 川といふ城に之を伴ひたり、時に寒氣未だ甚しかりしかば、彼は盛に火を, 待つべしとの旨を告げしめたり、時に四旬祭に當りしかば、パードレは、當, 會へり、彼はパードレを迎へて、大に喜びしが、天候惡しくなり始めたれば、, へたり、それよりキリシタン等は、悉く彼に從ひて、市外半マイル程の處ま, の許可を得たり、和田殿は、其處より八マイル距れる地にて、パードレ等を, 一同雨に濡れて都に到著すべきを恐れ、其地より二マイルを隔てたる芥, 翌日彼等は、其處より更に一マイルの所に行きて、彼等を待てるダリオに, 其日彼等は富田といふ一向宗の地に來れり、其地は堺を距る五マイルな, りしかば、或一人の武士は、パードレの爲めに、十人の部下を派遣して、其荷, により、和田殿は彼を呼ばしむる故に準備を整へよ、是に就ては、〓に信長, 焚きて一行を款待し、城中の異教の武士等の悉く來集するや、パードレレ, 富田ニ泊, 入ル, 堺ヲ發ス, 芥川城ニ, ふろいす, ス, 永祿十二年四月八日, 二六二

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  • 富田ニ泊
  • 入ル
  • 堺ヲ發ス
  • 芥川城ニ
  • ふろいす

  • 永祿十二年四月八日

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  • 二六二

注記 (23)

  • 705,674,57,636物の運搬を助けたり、
  • 1047,669,69,1651於て、交際を結びし故に、此別離は限なき悲なりしなり、
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