『大日本史料』 10編 2 永禄12年3月~同年6月 p.272

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りき、, るあり、また他のものは、十乃至四乃至六マイルの彼方より來るあり、而し, 是に於て、諸人は皆大いに安堵し、再び祭壇を飾り整へたり、これより後、か, 騷擾は止み、諸人は決してパードレに不快を加へざるべきなりと、, ドレは、宜しく直に最初居りし家に歸らるべし、彼等はパードレの事を引, れ、また絶えず懺悔行はれたり、都にあるキリシタンの武士等は、キリシタ, ンの市民等と共に此處に集り、時間と場所との許す限り、復活祭を祝へり、, て總べての人々に現れたる安堵と滿足とは、一の讚歎せらるべき光景な, 評の爲めに悲しむこと勿れ、若し其事をして眞實ならしむるも、和田殿が, の會堂にては、毎日彌撒行はれ、毎日二つの説教、夜の禮拜式及び苦行行は, 多くの人々聖餐を受け、二三のものは、三十乃至五十マイルの遠きより來, 受けたる故に、何人も彼を害する者なかるべし、キリシタン等も、かゝる風, 等は此風評を以て、神の教法の敵たる、かの坊主等の詐僞なりと信ず、パー, パードレを擁護すべきことが、市中に知れ渡りなば、それのみにても十分, 復活祭の最初の八日目に、パードレは信長の命と和田殿の好意とにより, 安堵, 教徒等ノ, ふろいす, 義昭ヲ訪, 證ス, フ, 水祿十二年四月八日, 二七二

頭注

  • 安堵
  • 教徒等ノ
  • ふろいす
  • 義昭ヲ訪
  • 證ス

  • 水祿十二年四月八日

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  • 二七二

注記 (23)

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  • 510,700,75,2199るあり、また他のものは、十乃至四乃至六マイルの彼方より來るあり、而し
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