『大日本史料』 10編 2 永禄12年3月~同年6月 p.643

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總守雄親と號して、武名を天下にあらはす人なり、, き秋山が侍坂甚次郎などいふ武勇の者も討死す、しかのみならず、木造は, せんと欲し、先其家臣柘植三郎左衞門尉が人質を〓害せらる、〓後のあは, 木造合戰の事, して戸木の御所と稱す、聊宿意ある故、此たび連枝の好みをわすれく反逆, なり、されば急に責おとす事あたはにして、空しく時刻をうつす、, をくはたく、北畠にそむき、信長卿の幕下に屬す、これ木造の源城寺、文武に, くつきやうの城劑、北方織田掃部助はこれに與力す、く藤、關、瀧川勢し一味, をいさめて逆心を起さしむ、彼源城寺は故木造家具の庶子、後には羽柴下, 木造家すぐに義絶さしむるによつき、國司これをいきどほり、不日に退治, を打に寄手の中へはなちをれば、毎度にぎくづれうたるゝ者おほし、此と, れさ、見きくともがら、落〓さにといふ事なし、其後澤、秋山以下南方の侍、木, 達して天下の治道を察、木造の家臣柘植三郎左衞門と談して、終に木造家, に別腹の子息を立て、木造左衞門具康と名のる、然して父具政は、戸木に住, 造の城を責め、合戰數度に及ぬ、城中より海津喜三といふ鐵炮の名人、つゞ, 具教人質, 戸木御所, ヲ殺ス, 木造城ノ, 防禦堅シ, 永祿十二年五月是月, 六四三

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  • 具教人質
  • 戸木御所
  • ヲ殺ス
  • 木造城ノ
  • 防禦堅シ

  • 永祿十二年五月是月

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  • 六四三

注記 (22)

  • 1313,665,59,1507總守雄親と號して、武名を天下にあらはす人なり、
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