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ヲハ、爲續互と相防戰と云へとも、遂こ和談して御恩力を以、無程八代の, へにける、其時相良老名諸事談合して申ケルハ、頼房よしなき人々に與, レ〓、前の勢ひと劣リタレハ、外と打出防ク事不能はして、凋り終てそ見, 郷司の大名と到迄、自分鎌を手取てそ薙レタリ、兩家の者共防んとシケ, ク引入ラル、同廿日、大口ノ城ヲ受取、於同城泰平の吐氣ヲソ作ラレケル, 相良申サレケルハ、菱刈ノ家ヲ本城へ殘して賜り候へ、頼房ガ三年大口, 力して、多くの侍を失ふ事、相良の家滅却の瑞相ナリ、此弓箭長クハ如何, 程の者か滅〓き、殊と島津殿は國の太守分限と云、旁以無盆也、其上文明, の比、相良爲續の時、大口には島津出羽守久遠、平泉に同伯耆守豐久御座, 遲くもおもひ知レタリ、仍テ和平ノ〓トナル、同九月十四日こ、求摩ノ如, 郡を知行して今迄も如此し、その古をおもへは、不忠いたす〓からすと、, 日出勢シテ、大口の城へ押寄せ、東西南北馳廻り、秋作をそ拂れける、郡司, 桶平の陣も、引崩てそ退ける、是だ勝利の時刻よとて、同八月十八日ゟ三, 斯菱刈表も、大口城大滅つしたる由聞へけには、伊東、眞幸こ取りし, 薩藩舊記雜録〕, 永祿十二年八月二十六日, 二收, トニカヽル、五月二十五日ノ條, ○中略、義久、長野城ヲ攻ムルコ, 其輪伊賀入道覺書, ム、, 後, 編, 五, 臣和平ヲ, 陣ス, 義陽ノ老, 平ヨリ退, 伊東氏桶, 望ム, 永祿十二年八月二十六日, 二一三
割注
- 二收
- トニカヽル、五月二十五日ノ條
- ○中略、義久、長野城ヲ攻ムルコ
- 其輪伊賀入道覺書
- ム、
- 後
- 編
- 五
頭注
- 臣和平ヲ
- 陣ス
- 義陽ノ老
- 平ヨリ退
- 伊東氏桶
- 望ム
柱
- 永祿十二年八月二十六日
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- 二一三
注記 (32)
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