『大日本史料』 10編 4 元亀元年2月~同年9月 p.722

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そと、不審をたはな處に、兩人敵ちかく物見を仕り、歸たるを見候へは、曾, 公二萬三千の人數二十一備かはらかい〓をしいたし、合戰をもつく、馬, あくる、信玄公聞召、それぬ、各々心安思ひ候へ、法性院か兩眼のことくな, と被仰付、馬場申は、敵味方御防戰の地形を御存知なくては如何候と申, 信玄公、小田原勢夜に紛、退參の色を御覽しし海しめされ、猶以其樣子か, 侍大將老若共に召つれられ、上下合て、百四五十騎あまり、味方惣軍を五, 家の者、己か國山の案内能しりて、夜にまおれ落行は、氏政をうちのかし, る者を指越候と仰らるゝ、各上下老若共に、信玄公御兩眼とあるゐ誰人, へ御備をいれ給ふ、北條氏政其夜小田原へ、一頭も殘らす引いれらるゝ、, 町程出、大物見なされ、是非一戰をとけ、氏政を討、明後日ふ必小田原へ入, てし如何候なり、明日卯の刻より、一戰をはしめなさるへきと被仰、三嶋, 場、山縣、小幡、眞田、小山田、内藤、朝比奈駿河守、岡部次郎右衞門、原隼人、其外, 候と申上、そこにて信玄公被仰し、今日の合戰八比なれは、頓而日暮、北條, 根内匠、眞田喜兵衞兩人也、さ候て、地形乃事御尋あれは、一段場よしにて, と曾根内匠、眞田喜兵衞兩人に訓給ひ候間、以來にをひて、曾根内匠、眞田, 元龜元年八月十二日, 七二二

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  • 七二二

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