『大日本史料』 10編 7 元亀2年10月~同年雑載 p.35

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復るへしと云、, り、政令瑣細に成候、是故に、士民彌安りらす、國君を怨み謗て、賢君に更ん〓, 年の元旦家中惣出仕の席に於て、氏康、荒木を手討に被致たる義有之、其, ては、誰と共にり國を守り寇を拒き候はんや、我是を以て、可亡の端顯また, 威衰へて後、士民背く者多し、そむくもの多きに因て、法度の箇條年々に累, 非理なくして亡へき事、暗昧なる吾儕の辨へさる所に候、願くは其道理を, を求るに至る、是士民の志の君主に離れたるにる候、士民の志君主に離候, 民心服する時は、法度の箇條簡少にして違さるものに候、國君の明蔽はれ、, 也、三代目の荒木某と申者不義の企有之、主人氏康を毒こ而〓し、別腹の, 候やと問ふ、皆非理の事候はすと答ふ、其時町奉行、貴僧定て博識なるへし、, 札の面僅に五ケ條に候、今日見候へは三十箇條に及へり、國君明威有て、士, 説て、惑を解き候へかしといへは、客僧云、我三十年以前此地を過候時は、制, りと申候、事の是を求めすして、心の非を悛め、自省自戒られは、昔の盛世に, 舍弟玄甫に家を繼せ可申とある逆意の企、子細有て露顯に及候ヲ以、或, 〔岩淵夜話〕一一北條家こ而、先祖宗雲以來の一家老をは、荒木と申候と, 元龜二年十月三日, 制條少シ, 氏政ノ代, ハ國内ニ, 氏康ノ代, 條多シ, ニ及ビ制, 氏康不義, ノ家臣ヲ, 誅ス, 元龜二年十月三日, 三五

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  • 制條少シ
  • 氏政ノ代
  • ハ國内ニ
  • 氏康ノ代
  • 條多シ
  • ニ及ビ制
  • 氏康不義
  • ノ家臣ヲ
  • 誅ス

  • 元龜二年十月三日

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  • 三五

注記 (27)

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