『大日本史料』 10編 9 元亀3年3月~同年7月 p.451

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とも一所に討死をそ遂にける、扨惡多々は三郎左衞門を討取たりと大音に呼はりけれ, は、所々に有ける三郎左衛門か家來とも大に驚き、皆城中にそ引取ける、平戸勢は, き、乘たる主人を刎落す、惡多々幸なりとて、押へて首を取たりける、相從ふもの, 暫陣を取てそ居たりける、三郎左衞門敵陣に油断ある事を見て、究竟の若者とも五・, へ、林の内に隱れ居て、三郎左衞門通る所を鑓を持て〓けるに、針尾か馬鑓音に驚, 敗軍すといへとも、三郎左衞門を討取けれは、是に力を得て、又佐志方の城を圍た, 迯行敵を追討せし處に、先きに佐志方番手に來り居たりし中倉甲右衞門・惡多々左市, 六拾人を擇ひ、其不意を討けるに、敵陣大に亂れて敗走す、三郎左衞門猶も馬に策て, 等、先日佐志方を追出され、今又敗北する事を無念におもひ、針尾か追來る路を考, とも思ひ〳〵に追討しけるゆへ、主人に附添居けるもの兩三人には過さりけり、此者, 衞門兼ておもひ設たる事なれは、手勢を集、佐志方城に楯籠、平戸の兩將城下に押, 寄、急に攻とらんと欲といへとも、城を堅固に守りけれは、輙く攻入事も成かたく、, からす思ひ、嫡子鎭信・三男親爲を兩大將として、急に佐志方城を攻撃しむ、三郎左, 差越置ける番手の者共, を皆悉く追返せり、松浦肥前守隆信安, 番手に來り居たるといへり、, 中倉甲右衞門・惡多々左市なと、, 元龜三年七月三十日, 四五一

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  • 番手に來り居たるといへり、
  • 中倉甲右衞門・惡多々左市なと、

  • 元龜三年七月三十日

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  • 四五一

注記 (19)

  • 518,660,66,2182とも一所に討死をそ遂にける、扨惡多々は三郎左衞門を討取たりと大音に呼はりけれ
  • 401,659,69,2176は、所々に有ける三郎左衛門か家來とも大に驚き、皆城中にそ引取ける、平戸勢は
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