『大日本史料』 10編 14 天正元年2月~同年3月 p.296

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ム、廷臣、禁裏ヲ警衞ス、, ーチンに尋ね、暇を得ば、書翰に囘答すべく、ポルトガルの此の如き良武具を大に喜ぶと, 云ひ、予に對しては、尊師に書翰を送りて感謝の意を傳へんことを求めたり、其後二・三, 信長の囘答を得、又尊師にも書翰を贈るべしと云へり、, 大に之を喜び、書翰を褒め、尊師並に予及びパードレ・オルガンチノの事を、委しくジョ, を知るに至れり、, たるが、ジヨーチンは好く注意し、サン・フイリペ及びサンチヤゴの祭日、, 日を經て、予は再びリウサを遣し、金米糖入の瓶を携へて彼を訪問せしめしが、シキアン, 數人の家臣を、或は騎馬、或は徒歩にて同地より五・六レグワの諸村に派遣し、戸毎に捜, 「シキアン未だ美濃より來らざりしが故に、信長の許に書翰と楯を持參せしが、彼は, 同處に在りしが故に、之を尊師の書翰と共に送付する謝禮の書附を予に贈り、時許さば、, 三十日、, 索して予が居所を尋ね、高槻に同伴すべしと命じ、八日の後に、予が東寺の町に在ること, 以ヨ高山殿は今高槻の城の主將なるが、信長の到著し、都の危險に陷りしことを聞くや、, 義昭、兵ヲ遣シ、信長ノ京都ノ奉行村井貞勝ノ第ヲ圍, ○下略、義昭、信長ノ造營セル第ヲ破壞ス, ルコトニカヽル、本月七日ノ條ニ收ム、, 三十日二, チ元龜四年三月, ○五月一日、即, 當ル、, 庚, 戌, (重友), 長ニ贈ル, 金米糖ヲ信, 天正元年三月三十日, 二九六

割注

  • ○下略、義昭、信長ノ造營セル第ヲ破壞ス
  • ルコトニカヽル、本月七日ノ條ニ收ム、
  • 三十日二
  • チ元龜四年三月
  • ○五月一日、即
  • 當ル、
  • (重友)

頭注

  • 長ニ贈ル
  • 金米糖ヲ信

  • 天正元年三月三十日

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  • 二九六

注記 (28)

  • 261,643,82,844ム、廷臣、禁裏ヲ警衞ス、
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