『大日本史料』 10編 18 天正元年9月~同年11月 p.352

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木、くう〳〵は鳩也と被申、其後とかう〳〵して百韻終る、其後信長公御上洛の時、, 御咄次てに、右之發句のことを紹巴御咄申す、信長公笑ひ給わんと存の外、御返辭, くとしてしかもろとある木の上に、くう〳〵とおなきやるは八幡殿の御使か、やら, 一、三好左京大夫、將軍義輝公を討て、祝言ヱ連歌をせんとて、連衆を被集、紹巴・, 居城を取まきたまひ、大坂并畠山なとの押へに、爰わの大將ともをそなへ置、三好を, 候は、三好是程の勢虚にて、天下を取へき事にあらす、是を案するに、松永彈正天, 心前・紹油なと參りぬ、座定而、三好被申候、發句をしたぞとて、句を被出、しや, 目出度やな、とせらる、滿座興をさまして居たるに、三好被申候は、しやくはろの, 類有之間、何共而討取、教養に報しまいらせんとて、人數をかりもよほし、三好左京, 不被成、無興にして座を立給ふ、紹巴も何として御意に不入哉と思て退出す、頓而, 〔川上久國雜話〕, 下に望み有て、先つ三好と將軍を討せ、三好うつけにて、天下の支配成へからす、, もみにもんてせめたまへは、こらへすして切腹す、, 森三左衞門を召て、只今の發句の物語聞たるかと被仰候、承り候と申す、信長被仰, 天正元年十一月十六日, ○舊典(類, 聚三所收, 發句ヲ咄ス, 興行ス, 長ニ義繼ノ, 里村紹巴信, 信長義繼ノ, ニ連歌會ヲ, 義繼義輝ヲ, 前途ヲ豫言, 〓セシ祝言, ス, 天正元年十一月十六日, 三五二

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  • ○舊典(類
  • 聚三所收

頭注

  • 發句ヲ咄ス
  • 興行ス
  • 長ニ義繼ノ
  • 里村紹巴信
  • 信長義繼ノ
  • ニ連歌會ヲ
  • 義繼義輝ヲ
  • 前途ヲ豫言
  • 〓セシ祝言

  • 天正元年十一月十六日

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  • 三五二

注記 (29)

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