『大日本史料』 10編 22 天正2年4月~6月 p.247

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稻村方より所々え差向られたる者共も、皆一所に落合て籠しか、同日晝より合戰し, や思ひけん、中を開て通しける、寄手も一先陣取て扣たり、城方も疲を休居たり、, る、龍崎外記・楠六左衞門は加茂坂に備へしか、味方の負軍を聞、さらは稻村と一, つに成らんと取て返し、群る敵の眞中に喚き叫んて切て掛る、寄手はさすか強者と, 勝山・宮本も見合せて、稻村さしてそ引取けり、久留里勢は勝に乘て跡を慕て攻來, 廣野に燃立火のことく、嶮敷攻掛る間、新手入替て尻狩りし、漸味方を切〓けさせ、, と聞、我先にと翔來る、味方早や負戰に成て、右往左往に崩れ立、盛返すへき樣も, 八・木曾兄弟、頭立たる若者共討れけり、殘る者共、腰ぬけてひた〳〵と打取らる、, 稻村方色めき立て、負軍になりしかは、先手に進む中里源太・三浦半四郎・菅谷彌, の早天に、犬掛村にて犇と出合たり、兩方鬨を作り掛て、追つまくりつせり合しか、, なし、防留て味方を引んとしけれ共、久留里勢は多勢也、討共射れ共物ともせす、, て、夜の四時迄揉合しか、又城方多く討れける朝の軍に、〓竟の者共は討れける、, 雜人原は溜りもあへす、皆散り々々に逃失たり、宮本・勝山には、瀧田に合戰あり, 中なるへし、是より平久里通りに越やとて、磯村より山傳へに打越たり、明日六日, 天正二年六月一日, 二四七

  • 天正二年六月一日

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  • 二四七

注記 (16)

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