『大日本史料』 10編 24 天正2年8月~9月 p.177

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して、隆顯の旗本貳百餘騎不意に山合の茂が影より起りて、是非なく切つて懸れば、輝, 行一戰に討負、軍兵なだれ立つて立足もなく卷り立られ、大久保さして引退く、隆顯の, 勢五百餘騎にて、濱尾内藏介に先陣させ、玉木と云所迄出張せらる、田村勢是を見て、, なして、一手はわざと足輕計に騎馬少々相交ゑて弱々あひしらい、敵を廣野ゑおびき出, 等助の兵なくさず、軍に間あるまじ、急き後攻して、田村の者共蹴散して捨んとて、其, て責たりければ、輝行、猶大久保にもたまらず矢田野を志して夜中に引取、漸く須賀河, ゑ歸城せられぬ、安藝守隆顯一戰に討勝、首ども切懸させて勝鬨を取行ひ、直に今泉の, して、一命を顧り見ず、力を盡して防き戰ひければ、寄手も左右なく責落べしとは見ゑ, 軍勢、勝に乘て逃るを追懸、透間なく付入にして、大久保の林に火を懸、近邊を放火し, 願ふ所の幸かなと悦び、今泉の城をば顯氏の手勢にて押へ置、隆顯は三百餘騎を二手に, 防守、二ノ丸には娶川左衞門佐籠り居て、近邊七郷の侍三十餘騎を相從へて堅固に籠城, ざりけり、隆顯今泉を責るよし、須賀川屋形二階堂駿河守輝行聞き及ばれ、矢部・娶川, 城を取卷給ふ、, 騎を三手になし、今泉に取懸り息をも繼せずさん〴〵に責たりけり、此城本丸には矢田周, ○中, 略, 天正二年九月六日, 一七七

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  • ○中

  • 天正二年九月六日

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  • 一七七

注記 (18)

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