『大日本史料』 11編 1 天正10年6月 p.9

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堪か手つゝ、いくたひか人こゝちなく成ぬ、始は呼生なとせしか、後にはな, 其可否相極むとて、以兩使問しかは、尤之事に候、迚遁るましき極運と云、仁, れもやしぬらん、且しにまりぬ、只うを事の根ふかゝりしは、水はなかれさ, 床乃上に親しみ來て、はらへ共〳〵首をかたふけ寄來たるに、女わらんへ, 死と云、宜しく覺え侍る條、とく〳〵其義に被相究、秀吉之陣へ御懇望あれ, 見て、身の行末の日數をかへり見、兄乃月清入道に云けるは、如此水まさり, へきと相談しけれは、月清も、内々左も有度と〓啄す、はらは難波、近松へ請、, こえて、極運にせまり行に浮沈をわ、長左衞門尉、湖水日々夜々に増り行を, なは、溺死旬日之内外たるへし、兄弟腹を切て、諸人を助んと奉存は如何有, しく成て、日を送りぬ、五月廿五日比には、町屋なとは、はや床をたかくかき, 上、浮沈あはれにみえにけり、物にこえて痛入しは、蛇、鼠、いたちやうのもの, 輝元は、高松之城に籠置し者共を, 助たくは思ひけめと、秀吉支度きひしく有しかは、兼て思慮せし謀もむな, ま其、關入し湖水晝夜をすてす、水かさ増りけれは、網代之魚籠中之鳥にも, 〔太閤記]三備中冠城落去井高松之城水攻之事, ○上略、秀吉、高松城ヲ圍ミ、援軍ヲ信長二, 請フコト二カヽル、五月七日ノ條二收ム, ニ苦ム, 城中増水, 天正十年六月四日, 九

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  • ○上略、秀吉、高松城ヲ圍ミ、援軍ヲ信長二
  • 請フコト二カヽル、五月七日ノ條二收ム

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  • ニ苦ム
  • 城中増水

  • 天正十年六月四日

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注記 (21)

  • 1197,625,59,2198堪か手つゝ、いくたひか人こゝちなく成ぬ、始は呼生なとせしか、後にはな
  • 388,624,60,2203其可否相極むとて、以兩使問しかは、尤之事に候、迚遁るましき極運と云、仁
  • 1083,623,58,2192れもやしぬらん、且しにまりぬ、只うを事の根ふかゝりしは、水はなかれさ
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