『大日本史料』 11編 1 天正10年6月 p.84

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脚半のぬるゝ計の淺水也、川上に大井村と云ある故に、川の名を大井川と, 取卷、兵糧詰に被成御落し候しか、夫とは事かはり、次に冠の城は一時攻に, く塀をかけ、五十間に一つ宛櫓をあけ、外よりみれは櫓に白土迄つけ申候、, より弓鐵炮にて打すくめて、塀の陰にては堤を築候、中々小人數の城兵に、, 門前村よりカイルカ鼻迄御乘被成候、此時城中より鐵炮搏懸、御羽織に玉, 二迄あたり候へとも、少しもさわかす御乘返り被成候より、一夜の間に悉, 白土は白土にあらす、白紙にて張たる障子を以てかこひたる也、矢倉々々, いふ、彼三日の大雨にて、川瀧成て流るゝ時、秀吉公の仰にて、人數二千計手, 間、しのつく程の大雨降けり、門前村の外に廣さ三十間程の砂川あり、常は, 早々ほうしをさし候へと被仰付、其儘御乘出し被成、御供たゝ七八人にて、, に、備前備中の境の山の上に、御人數を被備候、一兩日御座しか、高松の城は, 攻落し被成候、手負死人も多く候き、此勢を聞、河屋の城は、早速明退たる故, 水攻可然と思召けるにや、被仰けるは、我只今馬を乘行へし、その足跡次第, 出へき樣はなかりし也、扨堤は出來て、秀吉公の、御運にやよりけん、三日の, に手を取合て、此川の門前村の前へ、ひた〳〵と入れて、人にてせかせ給ひ, ゲ白紙ヲ, 塀ノ陰ニ, ニ櫓ヲ揚, テ堤ヲ築, 貼ル, 大井川ノ, 五十間毎, 鳥取ハ兵, 粮攻, 水ヲ堰キ, 入ル, ク, 天正十年六月四日, 八四

頭注

  • ゲ白紙ヲ
  • 塀ノ陰ニ
  • ニ櫓ヲ揚
  • テ堤ヲ築
  • 貼ル
  • 大井川ノ
  • 五十間毎
  • 鳥取ハ兵
  • 粮攻
  • 水ヲ堰キ
  • 入ル

  • 天正十年六月四日

ノンブル

  • 八四

注記 (29)

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