『大日本史料』 11編 1 天正10年6月 p.190

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是は長谷川竹、多羅尾舊好有る故、係る御難義を告ずれば、斯の〓く御身方, に引出し縛り、先に立、又向より來る者有は、是に引替〳〵多羅尾に至り、此, こて候と申上れは、徳川殿是へ御參詣被成、四郎兵衞曰、靈驗の尊像なれば, 仕しか、此半途より御引別レ申し、宇治田原筋へ掛りしに、草内の渉にて、石, に下知して、郷人共を集め、家地の四面を警固せしめ、終夜篝を燒守らしむ、, 何成る神靈そと御尋也、四郎兵衞答曰、愛宕大權現にて、神躰は將軍地藏尊, 由申入、嫡子作兵衞、次男山口甚助甲冑にて御迎に出る、本多其形勢を咎し, 原源太催の一揆等に害せらる、本多は村有所は、家に入て、案内せよと無理, 散々ニ成、川下を渉さんと仕りしを、殘らす追拂候、甲賀の儀は、某とも領地, かは、常服に著替へ、途中迄罷出、私亭へ招請す、仍て饗應仕、今晩御一宿ニ付、, なれは、御心易かるへしと御供し、信樂迄送り申す、今度堺迄穴山梅雪御供, 父四郎兵衞光俊儀は病氣といへとも、家を明〓長屋迄立去り、三男久八郎, 仕れり、爰に多羅尾か搆の内に一社有り、此所へ御入の節御覽被置に付、如, 馬助安土城を奪取んと馳來るに付、勢多橋を燒落し、是を防き候ニ付、從軍, 此節御加護のため差上可申候、此尊〓は右大將頼朝公の御守本尊にて、戸, 愛宕大權, 俊, 多羅尾光, 現, 信樂, 天正十年六月四日, 一九〇

頭注

  • 愛宕大權
  • 多羅尾光
  • 信樂

  • 天正十年六月四日

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  • 一九〇

注記 (22)

  • 607,633,63,2199是は長谷川竹、多羅尾舊好有る故、係る御難義を告ずれば、斯の〓く御身方
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