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候不動國行の御太刀、二字國俊の刀、藥研藤四郎の脇差、ならしばの肩衝、乙, 御前の釜、餌ふごの水さし、虚堂の墨跡等を、唐織の宿衣に包、女の尺の紳に, に包下へ縋下し申候、寄手數千の兵共是を見、先年松永彈正か多門城にて、, ひら蛛の釜を打割て、其身も切腹さしとは、各別哉と不感はなかりし、其後, 主の光秀の内方、自然、天然と云兄弟の子共を、殿守の上へ入、燒草込待かけ, て結付、殿主乃武者走へ持出、大音にて申候は、寄手乃人々へ申候、日向守運, 秀吉公御人數、七重八重に殿主を取卷、左馬助は、光秀安土の城より取來り, 左馬助は、小性立を呼、日來著たる白練雲龍の具足羽織と、秘藏せし二の谷, 候、秀吉公御先手雲霞乃如く亂入候。十王堂の前に絆置たる馬を見付、秀吉, の甲を渡、是を持、坂本の西教寺へ參り、明智左馬助只今自害仕候、此甲羽織, 三里を乘玉ひ、翌日御合戰にも召たれとも、少為たるまぬ程の名馬也、さて, 命極り、討死仕候付、妻子をかたつけ、左馬助も只今自害仕候、但了簡仕候に、, 公へ上ま、名馬也とて御召に成、翌年志津嵩合戰にも召たるに、大墻より十, 我々こそ滅亡仕候共、天下の重器を滅し候はん事無念に存候間、目録を添, 渡進之候、將軍御若君達へ進上被成給り候へとて、殿主より、彼道具共宿衣, 二ノ谷ノ, ノ羽織ト, 秀滿雲龍, 甲ヲ西教, 天正十年六月十四日, 五八七
頭注
- 二ノ谷ノ
- ノ羽織ト
- 秀滿雲龍
- 甲ヲ西教
柱
- 天正十年六月十四日
ノンブル
- 五八七
注記 (21)
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