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たり、于今二の谷の甲は、宇佐美造酒助所持すると云り、, を差上候間、百ケ日迄の御弔奉頼候とて、金子百兩添て遣し、扠光秀妻子、次, に自分の妻子を刺〓し、燒草に火を懸、殿主半に燃上る時、左馬助も腹十文, 字に〓切、名を青天に上たり、古今類すくなき働也と、感〓をなかさぬはな, 甲、黒田長政の大水牛、日野根織部か唐冠、原隱岐守か十王頭、福島正則か四, 治か甲は、一の谷と云、明智左馬助秀俊か甲は、二の谷と云、但一の谷の甲に, 並たる名物なるにより、二の谷と云、柴田伊賀守勝豐か鐵蓋か峯と云甲は, し、其戰後星霜五十年過、寛永年中の始に至て、白練の羽織は失、二の谷甲は、, 細川三齋に奉公せし老人、浪人にて京に在しか、其物語に、攝州に一谷、二谷, り、大學死せし後、紀伊中納言光貞卿の御家中宇佐美造酒助孝定、是を求得, と云山並て峙、一の谷の峠を鐵蓋か峯と云、美濃國菩提城主竹中半兵衞重, 一の谷より手うへなりと云事也、惣して名物の兜は、浦野若狹守か水牛の, かの二の谷の甲を申請、紀州へ持參する、數年後松野大學と申人の手に渡, 西教寺に殘り有しを。彼寺の旦那山中山城守長俊か孫山中作右衞門友俊、, 俣鹿の角、本多中書か忠信甲、蒲生氏郷の〓尾、伏木久内かわり蛉、細川三齋, 名物ノ甲, シム, 〓ニ〓メ, 天正十年六月十四日, 五八八
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- 名物ノ甲
- シム
- 〓ニ〓メ
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- 天正十年六月十四日
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- 五八八
注記 (20)
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