『大日本史料』 11編 2 天正10年7月 p.700

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して軍勢を一緒に合〓して、カリブドノの國に進入し、危險なる戰爭を經, 下を率ゐて、敵の塹壕を襲ひ、守れる敵を逃走せしめ、濠の端まで進みたり、, は痛く之を悲み、此創の復讐をなさん爲め、城に向ひて總攻撃を行ひしが、, 受けて倒れしを、大なる骨折にて救出され、陣營に運び還されたり、野中殿, ものども、二十餘名あり、其中には三名のキリシタンあり、由布及び玖珠の, 勢こゝに群り來り、部下の二人を彼所に遺したり、彼も亦眼の下に鎗創を, 勢猛烈にして城内に打入り、生き殘れる者は寸斷せり、外にありて死せし, を博するに至れり、其後何等の抵抗を受けず、小城六七ケ所を占領せり、而, 地の者なりしが、身分低き者なりき、又リノは其勇氣に依りて、大なる名譽, つて城を取るか、又は城壁の下に死せんと申出でたり、斯くて日出前其部, て、甚だ堅固にして、且つ善く守られたる一所を攻取し、悉く鐵と火に委し, 而して僅に四五人を率ゐて勇敢にも橋を渡り、城門に達したるが、敵は多, の勇將達の一人なるリノも加りしが、彼は到著後野中殿に對し、武器に依, の第二子の將たりし軍勢の他の部分より援兵來り、此多數の人の中、豐後, たり、豐後の軍中死亡せし者三十人、負傷せし者三百人ありしが、其中には, 小城六七, 宗麟ノ兵, 所ヲ占領, ス, 天正十年十月十日, 七〇〇

頭注

  • 小城六七
  • 宗麟ノ兵
  • 所ヲ占領

  • 天正十年十月十日

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  • 七〇〇

注記 (21)

  • 398,637,61,2218して軍勢を一緒に合〓して、カリブドノの國に進入し、危險なる戰爭を經
  • 1457,628,60,2233下を率ゐて、敵の塹壕を襲ひ、守れる敵を逃走せしめ、濠の端まで進みたり、
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