『大日本史料』 11編 2 天正10年7月 p.747

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まゝ寫したる信長の肖像を、僧院に遺して、一同平安に歸途につきたり、, 一五八四年一月二日, を持ちて行進せり、棺の前には羽柴、信長の劒を拔きて手に持ち歩行せり、, 營むことに決し、之れが爲め、都より四分の一レグワのムラサキの僧院の, と共に、之に手をかけ、其後より金襴の衣を著けたる坊主三千人、及び彼等, し後、最後に、其一子日本の習慣に從ひて、棺に火をつけたり、而して自然の, 坊主等に、一萬スクードを與へたり、又甚だ美麗なる棺を造らしめ、恰も其, 中に信長の死體あるが如くにし、名をウオツキといひ、フアシバの養子と, 附、長崎發、パードレ・ルイス・フ, の虚僞の宗教各派の司祭等、甚だ美麗なる緞子の衣服を著し、水晶の珠數, 茶毘所に達するに及び、坊主等長く經文を讀誦し、且つ數多の迷信を行ひ, なりし彼の幼き子、彼等の習慣に從ひて、喪服を著けたる日本中の領主等, 然るにフアシバは、都に歸りて、先づ信長の爲めに、極めて盛大なる葬儀を, ロイスより、耶蘇會の總長に贈りし書翰の一節、, 八三年及び八四年の日本并に支那の新通信, 〔日本耶蘇會年報〕(歐文材料第三號譯文), 月二十日ニ當ル、, ○天正十一年十, ニ遺ス, ナル葬儀, ふろいす, 秀吉盛大, 信長ノ肖, ヲ營ム, 像ヲ僧院, 天正十年十月十五日, 七四七

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  • 月二十日ニ當ル、
  • ○天正十一年十

頭注

  • ニ遺ス
  • ナル葬儀
  • ふろいす
  • 秀吉盛大
  • 信長ノ肖
  • ヲ營ム
  • 像ヲ僧院

  • 天正十年十月十五日

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  • 七四七

注記 (27)

  • 253,646,59,2165まゝ寫したる信長の肖像を、僧院に遺して、一同平安に歸途につきたり、
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