『大日本史料』 5編 3 嘉禄元年是歳~安貞元年6月 p.898

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寺と成て、娑婆堂と號して今にあり、, これより御棺を念佛三昧院の佛殿の前に移したてまつるに、船中の模像, 法具十八物等、御棺にしたかひ贈侍りぬ、, 郷へ移したてまつり、棺蓋を開きけれは、容貌生るかことく御座し、御くし, 雲の松と名つけ、〓楯をめくらし侍る、又いつくより來るともなく、群鴒子, 異香寺内に郁々たり、法弟今更別離の心ちして、數行の〓をなかし、ふたゝ, る松樹あり、紫雲降りかゝりて、松の緑色をかくせり、是よりして、此木を紫, ひ墨染の袖をしほり侍り、茶毘所の西の岸に、本は一木にして、末は三俣な, 彌陀の像を安置し奉り、像前に御棺を居へ籠前の佛事を修し侍り、此所一, 同二十五日、上人の十七回忌に相當り侍れは、未明に廣隆寺より棺椁を當, なかく生ひのひさせ給へとも、恐あることなれは、剃髮に及はす、淨水を灑, き、沐浴の儀式を表す、其後此地に一宇を建立し、西向寺と名つけ、遺迹を後, 遺弟法事の儀式をはり、梅檀の煙となしたてまつるに、紫雲虚空にみちて、, 葬所の左のかたに翔り舞、雙靈鳥右のかたに悲鳴して、人驅逐すれともお, 人にしめす、念佛三昧院を相去事三町はかりに、籠前堂を立て、行基手作の, ○繪, 略ス、, ○繪, 略ス, 院ニ移ス, 西向寺ヲ, 念佛三昧, 建立ス, 紫雲ノ松, 安貞元年六月二十二日, 八九八

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  • ○繪
  • 略ス、
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  • 院ニ移ス
  • 西向寺ヲ
  • 念佛三昧
  • 建立ス
  • 紫雲ノ松

  • 安貞元年六月二十二日

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  • 八九八

注記 (26)

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