『大日本史料』 11編 4 天正11年4月 p.66

Loading…

要素

頭注ノンブル

OCR テキスト

勢思ひもよらさる所に候、然は討不意に同し、討不意に利のなた事は稀な, 嵩の押へには、原彦次郎、安井左近大夫、堀久太郎取出をは、勝家おけへをく, 〓き之條、心安く働き候へ、歸陣には海道を直に退候へ、必宿陣す〓からす、, 取出之城々おけ〓の勢を、勝家へ問奉り定めんとて、同日午刻匠作之陣所, も白みあへりぬ、かゝる處に、中川瀬兵衞尉者共、馬をひやしに入海さして, もいかゝあらんと不及思惟、行の事共を聞屆、宜しからんと同し給へり、西, る事に候、秀吉卿濃州出勢は折を得たる幸候、いけゝた給へと、あり〳〵し, く重てすゝめけれは、玄蕃いとゝ進みたた折ふしなれは、即同心し、のらは, 今日中に引取候へしとて、廿日之早朝に暇乞有しか、是そ〓後の暇乞とは, 都合其勢一萬餘騎、余語之入海をつたひ、山路をたとり〳〵急しかは、漸夜, へ、玄蕃、久右衞門兄弟同參して、其旨相議あり、運のつきなん驗しかや、勝家, の方二ケ所の城乃おはへには、前田又左衞門尉利家、子息孫四郎利長、志津, 成にけお、先陣は不破彦三、徳山五兵衞尉、佐久間久右衞門尉、大將は玄蕃允、, 來たりしを、おらへて取て、軍神乃血祭にだしたりける、ともなひし者共逃, 歸て、味方の勢かとみし處に、大田平八、池田仙右衞門尉か馬取を、四五人切, 破彦三徳, 意ス, 山秀現佐, 先陣ハ不, ニ同意ス, 勝家モ同, ニ説ク, 盛政勝家, 久間安次, 盛政將監, 天正十一年四月二十日, 六六

頭注

  • 破彦三徳
  • 意ス
  • 山秀現佐
  • 先陣ハ不
  • ニ同意ス
  • 勝家モ同
  • ニ説ク
  • 盛政勝家
  • 久間安次
  • 盛政將監

  • 天正十一年四月二十日

ノンブル

  • 六六

注記 (27)

  • 1801,601,60,2211勢思ひもよらさる所に候、然は討不意に同し、討不意に利のなた事は稀な
  • 980,600,61,2216嵩の押へには、原彦次郎、安井左近大夫、堀久太郎取出をは、勝家おけへをく
  • 861,606,63,2230〓き之條、心安く働き候へ、歸陣には海道を直に退候へ、必宿陣す〓からす、
  • 1448,608,62,2209取出之城々おけ〓の勢を、勝家へ問奉り定めんとて、同日午刻匠作之陣所
  • 392,611,62,2206も白みあへりぬ、かゝる處に、中川瀬兵衞尉者共、馬をひやしに入海さして
  • 1214,609,62,2206もいかゝあらんと不及思惟、行の事共を聞屆、宜しからんと同し給へり、西
  • 1682,607,63,2206る事に候、秀吉卿濃州出勢は折を得たる幸候、いけゝた給へと、あり〳〵し
  • 1567,609,60,2201く重てすゝめけれは、玄蕃いとゝ進みたた折ふしなれは、即同心し、のらは
  • 744,607,60,2203今日中に引取候へしとて、廿日之早朝に暇乞有しか、是そ〓後の暇乞とは
  • 507,607,64,2212都合其勢一萬餘騎、余語之入海をつたひ、山路をたとり〳〵急しかは、漸夜
  • 1330,618,63,2201へ、玄蕃、久右衞門兄弟同參して、其旨相議あり、運のつきなん驗しかや、勝家
  • 1096,609,62,2210の方二ケ所の城乃おはへには、前田又左衞門尉利家、子息孫四郎利長、志津
  • 626,608,63,2225成にけお、先陣は不破彦三、徳山五兵衞尉、佐久間久右衞門尉、大將は玄蕃允、
  • 271,611,65,2209來たりしを、おらへて取て、軍神乃血祭にだしたりける、ともなひし者共逃
  • 154,616,66,2197歸て、味方の勢かとみし處に、大田平八、池田仙右衞門尉か馬取を、四五人切
  • 633,249,43,171破彦三徳
  • 1192,247,37,77意ス
  • 588,252,41,166山秀現佐
  • 678,247,41,170先陣ハ不
  • 1553,255,38,153ニ同意ス
  • 1234,245,43,174勝家モ同
  • 1307,258,39,110ニ説ク
  • 1350,244,44,173盛政勝家
  • 543,250,45,168久間安次
  • 1596,244,43,171盛政將監
  • 1916,687,45,429天正十一年四月二十日
  • 1919,2415,44,75六六

類似アイテム