『大日本史料』 11編 4 天正11年4月 p.557

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右子々孫々永領掌不可有相違之状如件、, はり、これより年々茶を製してたて万つる、, 又六ヲ遣〓、筑前守ヲ勞問シ、自ラ兵ヲ率テ、濱松ヲ發シテ、江州ニ至リ給フ、, 照宮に万みえたてまつり、初花と名はきし茶入を獻す、御よ恊こひ乃あま, 同年四月、羽柴筑前守秀吉、柴田勝家ト江州志津嶽柳瀬ニ合戰ス、神君、小栗, 此度初花壺令所持差上之條、甚以神妙也、其付而知行可遣之旨候之處、及斟, 時ニ勝家敗北討死スト聞給テ、濱松ニ歸リ、石川伯耆守ヲ使者トシテ、初花, り、知行とははるべしとありしかと、かたく辭し申、この年御前にめされ、茶, よた茶園ありと申さしに、上林竹庵とともに土呂郷にをいて宅地を〓ま, を製してとて万はれとの士まひしかは、所々を見めとり、額田郡土呂郷に, ノ小茶壺ヲ筑前守ニ贈リ遣サル、此後筑前守津田左馬允ヲ使者ト〓、不動, 酌、望之子細言上之間、任其儀、藏役酒役其外一切諸役免許等之事、, 松平親宅清藏、十一年四月、濱松にまいりて、東, 國行ノ刀ヲ神君ニ贈ラル、, 文書〕, 〔徳川, 〔寛政重修諸家譜〕, 天正十一年五月二十一日, 四十, 幕, 府, 初花茶入, 獻ズ, 松平親宅, ヲ家康ニ, 茶園ヲ營, 土呂郷ニ, ニ向フト, 小栗又六, 家康近江, ノ説, 上林竹庵, 藏役, 酒役, 天正十一年五月二十一日, 五五七

割注

  • 四十

頭注

  • 初花茶入
  • 獻ズ
  • 松平親宅
  • ヲ家康ニ
  • 茶園ヲ營
  • 土呂郷ニ
  • ニ向フト
  • 小栗又六
  • 家康近江
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  • 上林竹庵
  • 藏役
  • 酒役

  • 天正十一年五月二十一日

ノンブル

  • 五五七

注記 (36)

  • 273,698,62,1212右子々孫々永領掌不可有相違之状如件、
  • 741,623,60,1291はり、これより年々茶を製してたて万つる、
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