『大日本史料』 11編 4 天正11年4月 p.674

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下るやうに御懇被成御かゝへをき、其上御談合有て、ひかし三河の内に, しのこほりの城を、雨の夜に忍ひ取に被成候、いよ〳〵家康樣御滿足、其, 仕候つる、此たひの助大夫歸宿に見參不仕、殘多存候、年比よく其身才覺, と被仰出候、誕生を御待候處に、男子にて、この由御申上候へは、左近たの, 物かしら中書兄弟、此人々は朝夕御相伴にて、御膳の内の物をも、分て被, にて候はゝ、是を守たてたく候之由言上被成候へは、それぬともかくも, 跡を拜領仕事、いかゝ敷存候、甚太郎内儀懷妊のやうに見え候之間、男子, 爲成御懇之御意共、忝被奉存候之由承及候、, 心よく御心安おほしめし、伊賀甲賀より、おほえあるもの御よひ下、其内, 御用にたち、さかりに死去、おしき事にて候、殿樣さい〳〵助大夫所へ被, 郎家し左近に被下、其御返事に御申上候やうは、忝は奉存候へ共、主君の, もしく被相待候、そくさいに養育あれとの御意にて、廿五六年の間、御子, 一津のひら近所さしむかひに、東條と申、昔よりの城へ、宗輝樣御移り、御用, 後吉田、田原、濱松なとも御手に入申候、御忠功宗輝樣にならぬ人無之候、, 一前の甚太郎殿御逝去の比、家康樣被仰出は、跡繼の子なく候、此上ぬ甚太, 天正十一年六月十七二, ノナシ, ニ雙ブモ, 家康義春, ノ者ヲ招, ニ移ル, 伊賀甲賀, 忠功康親, 親ニ與ヘ, ノ跡ヲ康, 康親東條, 康親家忠, ントス, ヲ養育ス, ク, 六七四

頭注

  • ノナシ
  • ニ雙ブモ
  • 家康義春
  • ノ者ヲ招
  • ニ移ル
  • 伊賀甲賀
  • 忠功康親
  • 親ニ與ヘ
  • ノ跡ヲ康
  • 康親東條
  • 康親家忠
  • ントス
  • ヲ養育ス

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  • 六七四

注記 (31)

  • 1106,671,70,2132下るやうに御懇被成御かゝへをき、其上御談合有て、ひかし三河の内に
  • 990,673,74,2139しのこほりの城を、雨の夜に忍ひ取に被成候、いよ〳〵家康樣御滿足、其
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