『大日本史料』 11編 4 天正11年4月 p.827

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りて、羽柴に服從せり、, は、信長が彼に與へし和泉國を奪ひ、其代として越前國敦賀の收入を與へ, 安全なりき、彼は今日最も羽柴の寵愛を受くる者の一人なり、蜂屋殿より, 國に行きて、信長の乳兄弟と共に居るべし、時到らば之を招くべしと傳へ, らしむべしと傳へしめたり、昔は羽柴が之に仕へて、名譽なりとすべかり, たり、又前田又左衞門といふ他の騎士には、能登國全部と、加賀國の半分を, し程の瀧川も、殘酷なる必要に迫られ、其分を忍諾し、〔人事の變轉の如何に, しめたり、而して又三將其他の人々をも排除して、河内國全部の所有權を, び之が監督に當る我が徒と共に、彼に與へたれば、一同はジユストの蔭に, を追ひ出し、次にジユストには、高槻の城及び從來の收入を、セミナリヨ及, 河内國は、既に信長によりて二分せられ、其半分はセガン山城殿に、又他の, を聽かざる時は、長嶋の土民に命じて其首を斬らしめ、之を宮廷に持ち來, 半分は若江の三將に與へられしが、羽柴は人をセガンの許に遣して、美濃, 速かなるか〕城を渡し、頭髮と髯を剃落し、千五百の家人と共に身を屈し來, 收め、尚ほ津ノ國に於ても、瀬兵衞の一子及びジユストをして、元の君主等, 濃ニ居ラ, 三好咲岩, ヲ和泉ヨ, ヲシテ美, リ敦賀ニ, 高山重友, 蜂屋頼隆, 移ス, 一盆降ル, シム, 天正十一年八月一日, 八二七

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  • 濃ニ居ラ
  • 三好咲岩
  • ヲ和泉ヨ
  • ヲシテ美
  • リ敦賀ニ
  • 高山重友
  • 蜂屋頼隆
  • 移ス
  • 一盆降ル
  • シム

  • 天正十一年八月一日

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  • 八二七

注記 (27)

  • 1460,614,56,647りて、羽柴に服從せり、
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