『大日本史料』 11編 5 天正11年8月 p.313

Loading…

要素

頭注ノンブル

OCR テキスト

いたし可申候哉、此時分眞入齋家來百五六十も所持仕候事、是眞入齋十, え著申候と舟をはそのまゝ沖一丁計え乘出し、のき時分は皆々海へと, 是一入之事なり、夜討なとは敵の迷惑がり申候事第一、并場所へまいゆ, 討申候事、則首十四討捕申候、以上二拾人計乘申候小舟十船程にて討申, 候、夜一番鳥之時分舟をはまへにプ申候、舟の兩方に六尺計の繩を附、礒, 申候印さへ有之候得者能候、小兒なと被討候はゝ、いかはかり其父迷惑, 地え切込〳〵、以上十四首數討捕申候、然者敵ども四五百起り出申候所、, び入〳〵沖中こて舟にのり申候樣こいたし申候、扨舟より何だ上り、敵, 五之時、泉州にて一番にて候事、當地九十六七年になり申候事、此時常空, 地え夜討待伏せ、思々にいたし可被申候、先々式部少輔殿より御初め有, 早々海へ飛入〳〵、後繩にとり付、舟沖えこき出申候故、壹人も損し不申、, 捕被申、何だえ御さし被戌候御事, 皆々うちすまし申候、其内伏山又大夫は、小兒の首をとり申候由、式部殿, 之とて、切坂と申敵地え式部殿自身夜討を御討被成候而、則首數三十討, 然所眞入齋も、同十月の上旬、下泉のかりらやと申敵地え夜討を舟にて, 天正十一年十一月是月, 眞鍋貞成, ト一氏ノ, 小兒ノ首, かはらや, ヲ夜襲ス, 切坂ヲ夜, 中村一氏, 意見, 襲ス, 三一三

頭注

  • 眞鍋貞成
  • ト一氏ノ
  • 小兒ノ首
  • かはらや
  • ヲ夜襲ス
  • 切坂ヲ夜
  • 中村一氏
  • 意見
  • 襲ス

ノンブル

  • 三一三

注記 (26)

  • 376,683,75,2125いたし可申候哉、此時分眞入齋家來百五六十も所持仕候事、是眞入齋十
  • 1189,681,71,2132え著申候と舟をはそのまゝ沖一丁計え乘出し、のき時分は皆々海へと
  • 611,684,75,2122是一入之事なり、夜討なとは敵の迷惑がり申候事第一、并場所へまいゆ
  • 1418,686,73,2130討申候事、則首十四討捕申候、以上二拾人計乘申候小舟十船程にて討申
  • 1302,685,73,2132候、夜一番鳥之時分舟をはまへにプ申候、舟の兩方に六尺計の繩を附、礒
  • 493,679,77,2130申候印さへ有之候得者能候、小兒なと被討候はゝ、いかはかり其父迷惑
  • 957,684,74,2143地え切込〳〵、以上十四首數討捕申候、然者敵ども四五百起り出申候所、
  • 1074,686,71,2127び入〳〵沖中こて舟にのり申候樣こいたし申候、扨舟より何だ上り、敵
  • 262,685,73,2120五之時、泉州にて一番にて候事、當地九十六七年になり申候事、此時常空
  • 1886,689,69,2128地え夜討待伏せ、思々にいたし可被申候、先々式部少輔殿より御初め有
  • 844,684,74,2144早々海へ飛入〳〵、後繩にとり付、舟沖えこき出申候故、壹人も損し不申、
  • 1667,685,64,997捕被申、何だえ御さし被戌候御事
  • 726,682,76,2128皆々うちすまし申候、其内伏山又大夫は、小兒の首をとり申候由、式部殿
  • 1773,690,72,2124之とて、切坂と申敵地え式部殿自身夜討を御討被成候而、則首數三十討
  • 1536,637,71,2179然所眞入齋も、同十月の上旬、下泉のかりらやと申敵地え夜討を舟にて
  • 177,674,45,425天正十一年十一月是月
  • 1607,254,41,170眞鍋貞成
  • 766,253,38,160ト一氏ノ
  • 808,247,41,173小兒ノ首
  • 1567,261,36,160かはらや
  • 1519,261,43,155ヲ夜襲ス
  • 1818,258,41,165切坂ヲ夜
  • 1860,258,36,166中村一氏
  • 720,247,42,84意見
  • 1775,257,42,72襲ス
  • 164,2404,43,114三一三

類似アイテム