『大日本史料』 11編 5 天正11年8月 p.738

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し給ふへしと有しろは、衆口同義に答ふるは、如仰長州に對し朋友の因も, やらむ氣味あし々に見へて云やう、母は前宵熱田へ參り候ろ、今曉より虫, 中も聊をたやろならす、翌日如案山口母を長嶋へめし捕給ひき、此事をこ, さし出、無正躰由申來候、本復次第本丸へ參らせ候はんと也、是によりて城, と〳〵しく云なし迷惑なるよし、半左衞門尉云出ぬ、勝五郎伯父良琢和尚, 山口に向ひ、理を盡し被申くるやうは、汝柴田修理亮か厚恩に沃しなから, 守平ねに武勇に心さし深かりし事、何きも存知之前也、然は弔合戰のため, 其合戰にも忠死せす、落武者之身と成て退しを、長門守よきに撫育し、其方, 年久して、况今は臣と成ぬ、何そ一命を惜み候はん、此者共においては、全義, 各輕一命、守義之所在、當城を守り給候へ、三十日たもつ程ならは、秀吉合力, を重し、苦戰の前に可遂討死候、然上は人質を本丸へ入候はんとて、不殘妻, 上の心一致せさる故なるへし、長嶋之御勢もやろて寄來らんそかし、長門, 子を入にらり、山口は其妻長門守妹なるに因て、母をと好み侍る處に、何と, 隼人佐、山口半左衞門尉、喜田野彦四郎等を呼集め云やうは、下々の騷動は, の下々まて其惠うるほひしなり、其後五千石之地を施し、榮花に且見え、門, 本丸ニ入, 山口半左, ヲ星崎城, 臣等人質, 質ヲ出サ, 重孝ノ家, 衞門尉人, ズ, ル, 天正十二年三月六日, 七三八

頭注

  • 本丸ニ入
  • 山口半左
  • ヲ星崎城
  • 臣等人質
  • 質ヲ出サ
  • 重孝ノ家
  • 衞門尉人

  • 天正十二年三月六日

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  • 七三八

注記 (26)

  • 1319,632,62,2197し給ふへしと有しろは、衆口同義に答ふるは、如仰長州に對し朋友の因も
  • 856,634,60,2197やらむ氣味あし々に見へて云やう、母は前宵熱田へ參り候ろ、今曉より虫
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