『大日本史料』 11編 5 天正11年8月 p.941

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んことを勸めたり、, イルマン四五人あり、予は同所に著きて住民を招かしめしが、夜の七時に, 長き話をなしたるが、彼等は、住民は悉く戰に出でたれば、救濟は神の攝理, 至りて、老人二人、内一人は一眼を失し、健康不良なる者來れり、彼等に對し, に妻子及び家族の生命を護るべきを説き、危險大なるが故に、同所に於い, 口ノ津には、住院の家財多く、我等生活の資の一部を藏し、パードレ二人と, 在りし少數の農夫及び僕等をして、棚の如きものを會堂の地所に造らし, 強にして、海陸より襲撃を受くる惧ありしが故に、其住民に對して、自己并, は、森林に遁れて幸に免るゝことあらんかを試むるにありき、予は同副地, 方長の命に從ひて口ノ津に赴きたり、同所は加津佐を距ること半レグワ, り、仍て直に之に著手せしが、此の如く力強く且殘酷なる暴君の攻撃に抵, め、戰爭の始まりたる時、婦女及び小兒を此處に遁れしめんことを勸告せ, して之をなしたるに過ぎざりき、パードレの眞計畫は、軍兵の來りたる時, 抗する爲め、之を利用するも盆少なきは、何人にも明なりしが故に、禮儀と, ても亦高き要害の地に在りし會堂の境内に一種の棚を設け、此處に遁れ, 會堂ニ棚, 會堂ニモ, 加津佐ノ, 棚ヲ設ク, ヲ造ル, 口ノ津ノ, 天正十二年三月十五日, 九四一

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  • 會堂ニ棚
  • 會堂ニモ
  • 加津佐ノ
  • 棚ヲ設ク
  • ヲ造ル
  • 口ノ津ノ

  • 天正十二年三月十五日

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  • 九四一

注記 (23)

  • 740,606,54,570んことを勸めたり、
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