『大日本史料』 11編 6 天正12年3月 p.298

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りしならん、, リシタンの中にては、十五人乃至二十人死したり、, 死したるものあり、確かなる報によれば、島原より三會に到る平野に、二千, を超えたる死屍あり、負傷者の數は三千人なりしが、その中多くは死を免, 最も愛するイルマン等よ、右は暴君隆信の哀しむべき不幸なる運命なり、, 裏とに、各一ケ所の傷を負はせたり、中務の子直に來りて、この少年とこれ, 彼は當諸國を恐怖せしめ、その部下の評に從へば、レバノンの杉の如く高, るヽこと能はざりき、薩摩の側に於いては、二百五十人内外、また有馬のキ, に隨從せし兵士等を〓害せしが、若し些かも遲刻せば、戰勝者は敗者とな, 兄弟に對し、甚だ重要なる言を傳へんと欲するが故に、己を〓すべきにあ, らずと兵士に告げたり、中務は靜に馬を留め、少年の言を聽くため、部下を, 方なる一人の貴き少年、その軍隊が悉く通過せし道路に出で、薩摩の王の, 退かしめしが、少年は忽ちその腰に帶びたる劒を拔きて、中務の腕と足の, かりしも、忽ち滅亡せり、その首級は、島原の陣營の側に、鎗の上に懸けられ, 中務が勝利を得て、三會より還りし時、一の意外なる事件起りたり、即ち敵, 天正十二年三月二十四日, ノ少年家, 隆信ノ首, 隆信部下, 久ヲ襲フ, 數, 死傷者ノ, 級, 天正十二年三月二十四日, 二九八

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  • ノ少年家
  • 隆信ノ首
  • 隆信部下
  • 久ヲ襲フ
  • 死傷者ノ

  • 天正十二年三月二十四日

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  • 二九八

注記 (25)

  • 519,607,55,349りしならん、
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