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被付、弓矢にりはつなる樣子と御感被成也、, りて、岩崎勘助弟次郎三郎を斥候の爲に被指置取手を破りて、岡崎さし, て押行候處を、一二三乃備を押通し、秀次乃旗本押行候時分に、御味方の, 左衞門尉、石川伯耆守、本多平八、石川長門守、其外信雄御人數諸被指置候、, 上方勢は池田勝入、次庄藏、次ニ久太郎、次秀次の旗本を四段に備をつく, 被遣候、次井伊兵部を御旗本御先手にて御出馬被成、小牧御留守に酒井, 不知、其上追首は三四ツより多クは取ても不入者也、それ程迄しほ手に, 榊原小平太、水野惣兵衞、岡部内膳、丹羽勘介、松平紀伊守以下之御人數を, 一池田勝入、森庄藏、堀久太郎に、秀次を大將として、岡崎へ人數を被廻候よ, 手ニ付て來ル、其外は鼻計りかき來ルを御覽被成、加樣之事迄も甲州之, しを聞召され、先驅合可決勝負とて、本多豐後守父子、大須賀五郎左衞門、, 牧へ御歸被成、此時追討乃首を手々ニ持來ル、時甲州衆は首を其まゝ鹽, 仕頼はりはつ也と御ほめ被成、鼻計持來候ては、如何樣之者を討たる共, 先衆かけ付、秀次の後備へ懸て合戰をはしめ申候とし、上方勢不案内に, 〔長久手合戰覺書〕長久手合戰之事, 天正十二年四月九日, ○紀伊國物, 語殆ド同ジ, 不案内, 甲州衆ト, 上方勢ハ, 首, 天正十二年四月九日, 八〇四
割注
- ○紀伊國物
- 語殆ド同ジ
頭注
- 不案内
- 甲州衆ト
- 上方勢ハ
- 首
柱
- 天正十二年四月九日
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- 八〇四
注記 (24)
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