『大日本史料』 11編 7 天正12年4月 p.169

Loading…

要素

頭注ノンブル

OCR テキスト

る困難を伴へり、, びイルマンは、諸人と共に神聖なる行列を爲し、市外の埋葬を行ふ所に在, 日本人等が當長崎に於て、ポルトガルの風に倣ひ、慈善院を設けたる事は、, る大なる十字架の下に行けり、此行列にはヂシピリナを行ふ者約三百人, カオに於て有すると同じミセリコルヂヤの規則と旗とを求め、其規則に, の祭日には、甚だ盛大に祝祭を行ひ、死者の葬儀に列し、行列に參加し、貧者, 四旬節の間は、金曜日毎に、受難に就き少しく説教を爲し、次でパードレ及, 主が我等に教へ、又行ふ所の不規律及び罪惡と大に異れりと言へり、, に在りし異教徒の商人等は、此の如き新奇なる事を見て涕泣し、我等の坊, 支那に於て作りたる大なる十字架と共に參加せり、過ぐる四旬節に當所, しが故に、其必要とする所を、寄進として受くる能はずと説伏するに、大な, り、自ら費用を負擔して、甚だ善く祈祷所を裝飾し、又ポルトガル人等が、マ, 今より二年以前に尊師に通信せり、同院には、院長一人とイルマン百人在, 從ひて事を處せんとし、今は悉く之を有せり、聖母のサンタ・イサベル訪問, 乏を見て、遺言に依り、七百クルサドを寄進せり、彼は甚だ善き心の人なり, 設立ス, 慈善院ヲ, 天正十二年四月二十二日, 一六九

頭注

  • 設立ス
  • 慈善院ヲ

  • 天正十二年四月二十二日

ノンブル

  • 一六九

注記 (19)

  • 1735,623,57,494る困難を伴へり、
  • 1497,617,60,2215びイルマンは、諸人と共に神聖なる行列を爲し、市外の埋葬を行ふ所に在
  • 907,620,61,2230日本人等が當長崎に於て、ポルトガルの風に倣ひ、慈善院を設けたる事は、
  • 1378,619,62,2224る大なる十字架の下に行けり、此行列にはヂシピリナを行ふ者約三百人
  • 541,620,59,2209カオに於て有すると同じミセリコルヂヤの規則と旗とを求め、其規則に
  • 292,618,61,2214の祭日には、甚だ盛大に祝祭を行ひ、死者の葬儀に列し、行列に參加し、貧者
  • 1615,618,59,2214四旬節の間は、金曜日毎に、受難に就き少しく説教を爲し、次でパードレ及
  • 1028,619,61,2089主が我等に教へ、又行ふ所の不規律及び罪惡と大に異れりと言へり、
  • 1145,621,60,2211に在りし異教徒の商人等は、此の如き新奇なる事を見て涕泣し、我等の坊
  • 1264,616,60,2215支那に於て作りたる大なる十字架と共に參加せり、過ぐる四旬節に當所
  • 1850,621,59,2207しが故に、其必要とする所を、寄進として受くる能はずと説伏するに、大な
  • 663,619,60,2199り、自ら費用を負擔して、甚だ善く祈祷所を裝飾し、又ポルトガル人等が、マ
  • 785,618,61,2217今より二年以前に尊師に通信せり、同院には、院長一人とイルマン百人在
  • 417,612,60,2219從ひて事を處せんとし、今は悉く之を有せり、聖母のサンタ・イサベル訪問
  • 1967,622,59,2202乏を見て、遺言に依り、七百クルサドを寄進せり、彼は甚だ善き心の人なり
  • 903,257,39,116設立ス
  • 947,255,41,161慈善院ヲ
  • 192,690,46,470天正十二年四月二十二日
  • 192,2436,43,109一六九

類似アイテム