『大日本史料』 11編 7 天正12年4月 p.386

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鐵砲爲持指遣、そのうへ難引候者、かさふて加勢を出し、夫にても難成候者、, 五右衞門、そのほか人數七八百にて取懸、數万の敵見物にて攻候得は、城内, にはけはり三つ打と申異名之鐵砲の上手、其外手とれの者六七人并射手, 義に候條、切出一戰可仕候と、何れも申候得共、先若者共かち立にいたし、弓, 城中をはしり廻、寄來敵を目懸、すき間なく打出し射出す筒先矢先に、向ふ, たく相見え候、城中の者とも申候は、千に及ふ人數を眼前にうとさ候事、難, とも即時に攻落し、その人數引取候處、見物の敵二三千したひ來、のかれか, 五十人はかり引連懸來候處、田のく海高を所をとてにいたし、何も折敷待, よりも三百はかり、八九十の者を目か手寄來候、先懸に足輕大將竹村仁助、, ひを以、八九十の者とも折立、弓鐵砲うち懸射懸、せめかゝり候得者、仁助を, 請候處へ責かゝり候を、近々と引請、鐵砲にて仁助を馬より打落し、其きお, ほとの者うたれ候得共、猶も強ク押込候處、寄手多うとれ、中野喜助討死、然, 城近く引請、城中より切出、有無一戰可有之と致相談、廿五歳より十八九迄, 之者共我先にとあらそひ、八九十歩立にて、弓鐵砲をもち罷出候處、又寄手, 捨、とつるゝとひとしく、三百計の者も引退候を、追懸候所、四千はかり有之, 追蹤ス, 防グ, 城兵克ク, 秀吉ノ兵, 直ニ之ヲ, 竹鼻ノ兵, 攻陷ス, 天正十二年六月十日, 三八六

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  • 追蹤ス
  • 防グ
  • 城兵克ク
  • 秀吉ノ兵
  • 直ニ之ヲ
  • 竹鼻ノ兵
  • 攻陷ス

  • 天正十二年六月十日

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  • 三八六

注記 (24)

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