『大日本史料』 11編 7 天正12年4月 p.781

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るは、我〳〵兩人思ひ計略度義御座候間、少しの内日數の御〓を願ひ、私, 臣一同に知慮を廻し、佐竹の一類を泡ふのせよと有けれは、諸臣一同こ, へ、弓に弦をはり、鐵炮の用意をして、少しも油斷はなかりける、猶又皆河, 申分なり、其存寄にらは、此方こても諸事心得計るへし、何時に限らす諸, て關とめける時には、其村里洪水と成て、水の深き〓限りしらす、是を裏, てなし、先年我を招といへとも、唯夫のみなりと思ひ立しに、不屆至極乃, とす、また城の要害にも用ひしり、此水を露とり橋といへ、至て挾き所に, 草倉の戰ひ、其次第によつて後詰せんと、八方に心を配りて控たり、然る, 手の要害とす、大手口は黒川の水を堰入、内外の堀に水滿ん〳〵とたた, 西方に西鹿沼とて左右に山に山を引廻し、外よりも地面一段低き村里, 所に、壬生家の小頭に、本間勘解由、黒川左衞門と申者、家老中へ申達しけ, 懸と見さ付とれんと、諸家中一同心にふくみ心懸たり、又鹿沼の城には、, 領掌して退きける、是によつて諸士の面々申けるは、何れ佐竹を計略に, ありて、竪三十丁計り横拾丁餘の所なり、常こ此所は大蘆河の水を用水, へ聞へ、義雄申けるは、心得難き佐竹が存念、我何ぞ佐竹の籏下と成〓決, 天正十二年七月十五日, 防備, 鹿沼城ノ, 來義重ノ, 義雄ノ家, 兵ヲ撃ツ, 七八一

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  • 防備
  • 鹿沼城ノ
  • 來義重ノ
  • 義雄ノ家
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  • 七八一

注記 (22)

  • 294,698,60,2140るは、我〳〵兩人思ひ計略度義御座候間、少しの内日數の御〓を願ひ、私
  • 1600,687,59,2135臣一同に知慮を廻し、佐竹の一類を泡ふのせよと有けれは、諸臣一同こ
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