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一五八五年七月五曰、, しものなるが、是より更に進むや、深度は漸く増大して、十八乃至二十尋に及びたり、, スコ修道院の在る岬の傍より)解續せり、出帆に當りて同處より東南東に位置する圓き, 一小嶋、即ち環礁の在る場處より風上に向ひて航路を採らんと決議したるも、風勢強く, 我等は其處よりア・イリャ・ド・レメと名附くる嶋一, びに總べての出來事を含む、, は五乃至六尋にして、そはラントン嶋の沖合に在る圓き小嶋に頗る近接せる場處にて得, 歳同船及び其の航海の按針即ち航海士によりて定められ、且つ記録されたる全航程竝, るも、已む無しと思考するに到りて、斯くの如く實行せり、同處に於て知り得たる水深, の港に到る航海、同船, 金曜曰、朝我等は出帆(即ち、聖フランシ, のカナール即ち水道を辿りて航行す, (即ち舵の嶋の意なり), して之を行ふ事能はざりき、我等はラントン, なり、是, のカピテン, 第三十六章一五八五年, にエンクハイゼン市の市民ディリック・ヘリッツゾーン, より日本嶋のランガサケ、即ちナンガサケ, しはフランシスコ・パエスと名乘るポルトガル人にして、又其の砲手, マカウ, 「サンクタ・クルス號により行はれたる、シナ沿岸の, はフ, 正十三年六月八日ニ當ル、, ○記録ニ現ハレタル最初, ノ日本渡來オランダ人、, ○ぐれごりお暦ヲ用フ、我天, ○れま嶋、即, ○司令, ○澳, ○長崎、以下, 之ヲ用フ, ○らん, チ擔杵列嶋, たう、, 官, 三年, 門、, ○天正十, (macau), マカウ, はフランシスコ・パエスと名乘るポルトガル人にして、又其の砲千, 解續ス, 航海記, 船長ばいす, 砲手へりつ, 澳門ニ於テ, らんたう水, つぞーん, 測深, 道ニ向フ, るす號長崎, さんた・く, 擔杵列嶋, 天正十三年七月五日, 一三
割注
- 正十三年六月八日ニ當ル、
- ○記録ニ現ハレタル最初
- ノ日本渡來オランダ人、
- ○ぐれごりお暦ヲ用フ、我天
- ○れま嶋、即
- ○司令
- ○澳
- ○長崎、以下
- 之ヲ用フ
- ○らん
- チ擔杵列嶋
- たう、
- 官
- 三年
- 門、
- ○天正十
- (macau)
- マカウ
- はフランシスコ・パエスと名乘るポルトガル人にして、又其の砲千
頭注
- 解續ス
- 航海記
- 船長ばいす
- 砲手へりつ
- 澳門ニ於テ
- らんたう水
- つぞーん
- 測深
- 道ニ向フ
- るす號長崎
- さんた・く
- 擔杵列嶋
柱
- 天正十三年七月五日
ノンブル
- 一三
注記 (56)
- 1129,743,57,513一五八五年七月五曰、
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