『大日本史料』 11編 18 天正13年8月 p.220

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鑓をたくり馬を乘よせ、中村刑部を討とめて、兩人共に討死したり、清水右京は馬乘, 先するどく戰へは、佐野家の大將下知をなし、壹人ももらさす討と呼はれは、寺内勘, 十郎・岡本清四郎等拔つれ〳〵切て懸るを、風見與右衞門・小野勘ケ由兩人、ともに, りと受流し暫く切合ふ、太刀筋に火花を散して責合ふうちに、日向野は太刀を討おと, りけるを、落合か郎等馳より首を取たりける、皆河方より長澤宗右衞門・増山九右衞, り廻下知なす所を、落合監物は五人張に十五束の矢をつかへ、弦おと高く切て放せは、, 六筋射込まれ、太刀を杖につき立死にそ死たりける、日向野將監・落合雅樂の兩人は、, り、小野勘ケ由は岡本か左の高股切て落す、こなたの方ニは牛久大和守ニ中村刑部左, 渡合ひしばし戰ふ其うちに、風見は寺内か肩先より壹尺計り切下し、返す刀に首討と, 死もの狂ひと切立〳〵、佐野方の大將高久勘ケ由か側に馳付討て懸るを、高久は得た, 門一手に成りて働きしか、増山は終に鐵炮にあたり死たりける、又長澤は惣身に矢拾, 錯す清水か左りの眼より〓へ射ぬかれて、こらへ兼てや馬より眞逆さまに落て死んた, され、其儘高久に引組て、まひにゑい〳〵聲にて揉合ふけるか、互に鐙を踏みはつー, 衞門、鑓と太刀にて戰ひしが、牛久は中村か鑓を請そんし、股の上を〓れしが、其儘, 天正十三年八月二十日, 天正十三年八月二十日, 二二〇

  • 天正十三年八月二十日

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  • 二二〇

注記 (17)

  • 1188,758,59,2189鑓をたくり馬を乘よせ、中村刑部を討とめて、兩人共に討死したり、清水右京は馬乘
  • 1806,757,60,2183先するどく戰へは、佐野家の大將下知をなし、壹人ももらさす討と呼はれは、寺内勘
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  • 814,765,58,2182りけるを、落合か郎等馳より首を取たりける、皆河方より長澤宗右衞門・増山九右衞
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