『大日本史料』 11編 19 天正13年閏8月 p.415

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かけ引をしたると見へたり、ねがうにさいわい之處へ出たれば、兩人の旗を我等が陣場, 迄出させ給へ、然者内前之手まへは引はなされは成間敷候へば、内前を一番にして、其, る之中へ打まじりて、手ぎつくせり合けるが、岡部内前には駿河せんほう之こゝわの者, 共あまたあつまりければ、事共せずしてあひしらいける、其時七郎右衞門尉、又もやこ」, 在候、又馬場のとろと申者、是は只今岡崎之罷有候、右之兩人證人にて御座候事、, りずして、鳥井彦右衞門方と、平岩主計方へ申被越ける、さなだ親子あしがる場へ出ゝ, 五月廿七日, 大手口鑓下にて首壹つ打申候、此證人清水金平ト申者ニ候、是は只今うつのみやに罷, 木俣右京殿, 然る處に、岡部内前之物見番之時、さなだ親子あしか, 重吉(花押), 一、我等於信州之眞田御てきれの時分、まりこの城へはたらき御座候、宿城をやふり候時、, 龍野角右門尉, 〔三河物語〕下, 五月廿七日重吉(花押), ○中, (元和二年), ○上略、上田合戰并ニ徳川勢八重原ニ出ル, コトニカヽル、閏八月二日ノ條ニ收ム、, 兵奮戰ス, 岡部長盛ノ, ヲ乞ヒテ果, 親吉ニ出兵, 忠世元忠, サズ, 丸子攻ニ於, テ戰功ヲ擧, 天正十三年閏八月二十六日, 四一五

割注

  • ○上略、上田合戰并ニ徳川勢八重原ニ出ル
  • コトニカヽル、閏八月二日ノ條ニ收ム、

頭注

  • 兵奮戰ス
  • 岡部長盛ノ
  • ヲ乞ヒテ果
  • 親吉ニ出兵
  • 忠世元忠
  • サズ
  • 丸子攻ニ於
  • テ戰功ヲ擧

  • 天正十三年閏八月二十六日

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  • 四一五

注記 (29)

  • 400,711,66,2243かけ引をしたると見へたり、ねがうにさいわい之處へ出たれば、兩人の旗を我等が陣場
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