『大日本史料』 11編 24 天正13年12月~同年雑載 p.335

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檀那六濟之人衆、本願四郎左衞門主玉井寺、又さいしきちふ殿、又ハ今井之檀那中、, 地藏堂, 〔新編武藏風土記稿〕, 地藏おさいしき申候事, 天正十六重校了、, 一校、長翁, 天正十, 今井村, 天正十三年乙酉卯月十一日, 釋淨土二藏義卷第五, 天正十六重校了、邦蓮社, 天正十一一, 年十二月四日一校了、, 臼年十二月四日一校了、土塔住世〓丈(花押), 天正十三年雜載(佛寺), 一校、, 霜月晦日重校訖、〓丈, 爲明岸理光禪定尼也、, 霜月晦日重校訖、, 八十一二, 立像にして長三尺四寸許なり、胎中に嘉慶二年十一月三日と刻してあれば、古きものなることは論な, 見捨地、七畝、村の中程にあり、二間半に四間の堂にて金剛寺の持なり、爰に安置する地藏は、木の, 都筑郡二神奈川領, いよ〳〵其由緒あることをしりしとなり、其古記は今, けれど、大方の木像なるべしとて、させる崇敬も加へざりしかど、近き頃修造せんとして、佛工にみせしに, 運慶の作なりと云、しかのみならず胎中をさぐりみるに、天正十三年に彩色を潤色せしときの古書を得て, 壬, 名主勇次郎がもとにひめ置たれば、寫して左にのす, 酉, 乙, 霜月晦日重校訖、, 午, 三三五

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  • 八十一二
  • 立像にして長三尺四寸許なり、胎中に嘉慶二年十一月三日と刻してあれば、古きものなることは論な
  • 見捨地、七畝、村の中程にあり、二間半に四間の堂にて金剛寺の持なり、爰に安置する地藏は、木の
  • 都筑郡二神奈川領
  • いよ〳〵其由緒あることをしりしとなり、其古記は今
  • けれど、大方の木像なるべしとて、させる崇敬も加へざりしかど、近き頃修造せんとして、佛工にみせしに
  • 運慶の作なりと云、しかのみならず胎中をさぐりみるに、天正十三年に彩色を潤色せしときの古書を得て
  • 名主勇次郎がもとにひめ置たれば、寫して左にのす
  • 霜月晦日重校訖、

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  • 三三五

注記 (33)

  • 302,723,57,2195檀那六濟之人衆、本願四郎左衞門主玉井寺、又さいしきちふ殿、又ハ今井之檀那中、
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